TabiShiri
神社 御朱印旧無格社 江東区

宇迦八幡宮

うかはちまんぐう

別名:片栗八幡宮、千田稲荷神社

この神社について
江東区千田にある神社で、旧千田新田(せんだしんでん)の鎮守(ちんじゅ)です。江戸時代の享保(きょうほう)のころ、近江(おうみ)出身の千田庄兵衛(せんだしょうべえ)が土地を開き、千田稲荷神社(せんだいなりじんじゃ)としてまつったと伝わります。戦後に宇迦八幡宮と改められました。飢えた農民が片栗(かたくり)を育てて救われたという話から、「片栗八幡宮」とも呼ばれました。祭神は宇迦之御魂命(うかのみたまのみこと)と應神天皇(おうじんてんのう)です。

歴史・由来

【千田新田のはじまり】 江戸時代の享保8年(1723)、近江出身の商人・千田庄兵衛(近江屋庄兵衛とも)が幕府に願い出て、深川洲崎の十万坪(じゅうまんつぼ)と呼ばれた海辺の土地を開く許可を得ました。約3年かけて村をつくり、その名字から「千田新田」と名付けられました。 【神社のおこり】 当社はもともと小さな祠(ほこら)だったとされ、庄兵衛が社殿を造り、新田の鎮守(ちんじゅ=土地を守る神)として千田稲荷神社と称しました。創建の年代については、資料によって記述が分かれます。 【片栗の伝え】 作物が実らず村人が飢えたとき、神社に祈願すると、穀物のかわりに片栗(カタクリ)を育てるようお告げがあり、それに従って飢えをしのいだと伝わります。この話から「片栗八幡宮」とも呼ばれました。 【一橋領】 寛政9年(1797)、千田新田の全体が一橋家(ひとつばしけ)の領地となり、「一橋領十万坪」とも呼ばれました。 【近代から現在】 戦前は千田稲荷神社と呼ばれていました。戦災で社殿が焼けましたが、昭和27年(1952)に再建されました。社号は戦後に宇迦八幡宮へ改められました。改称の年を昭和27年とする資料と、神社庁の認可を昭和29年(1954)とする資料があります。 【二柱の神】 祭神は、稲荷神である宇迦之御魂命と、八幡神である應神天皇の二柱です。

見どころ・特徴

【六角宝塔と身代わり地蔵尊】 社殿の左奥に、石でつくられた六角形の宝塔(ほうとう)があります。「貞享2年(1685)」の銘があり、江東区の登録文化財です。そばには身代わり地蔵尊(みがわりじぞうそん)もまつられています。 【片栗八幡宮の名の由来】 飢えた農民を片栗が救ったという伝えが、別称「片栗八幡宮」のもとになっています。農業と信仰が結びついた、江戸時代の暮らしをしのばせるお話です。 【地名に残る開拓の歴史】 「千田」という町名は、新田を開いた千田庄兵衛の名字に由来します。 【訪ねかた】 御朱印は拝殿の右手にある社務所で受けられます(初穂料300円)。受付は9時から17時ごろですが、変更される場合があるので、お出かけ前にご確認ください。神社は住宅地の細い路地に面しているので、地図で確かめながらお歩きください。
年中行事・お祭り
【例大祭】毎年8月中旬 開催日は資料によって「14日・15日」「16日」と分かれています。開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず最新の案内でご確認ください。

※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。

学び・特徴
主祭神
宇迦之御魂命應神天皇
社格
旧無格社
創建
享保年間(1716〜36年)、千田庄兵衛が千田新田の鎮守として千田稲荷神社を創建したと伝わる。創建年代は不詳とする資料もある。
ご利益
五穀豊穣商売繁盛厄除け開運招福
テーマ
深川下町開拓稲荷
基本情報
住所
東京都江東区千田12-8
参拝時間
社務所(御朱印の受付)は9時から17時ごろです。変更される場合があります。

⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。

アクセス
東京メトロ半蔵門線・都営新宿線「住吉」駅のB1出口から徒歩約10分。四ツ目通りを南へ進み、小名木川(おなぎがわ)と清洲橋通りを越えます。次の路地を右へ曲がり、約100m進んで左へ曲がると社頭です。
記念メダル

スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。

参拝記録

記録を確認中...