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城 四国中央市

川之江城

かわのえじょう

別名:仏殿城

この城について
川之江城(かわのえじょう)は、愛媛県四国中央市の鷲尾山(標高約62m)の山頂にあった城です。延元2年(1337)に土肥義昌(どいよしまさ)が築いたと伝わり、伊予・讃岐・土佐・阿波を結ぶ交通の要衝として、戦国時代に多くの争いの舞台になりました。現在の天守閣は、昭和61年(1986)に市制30周年の記念事業として建てられたものです。4階の展望台からは、瀬戸内海の島々やしまなみ海道を見わたせます。

歴史・由来

川之江城を理解する鍵は、「四国の四つの国を結ぶ要衝をめぐる、争いの城」という点です。 【築城】 延元2年(1337)、南朝方の武将・土肥義昌が鷲尾山に築いたと、四国中央市の公式案内は伝えています。のちに河野氏(こうのし)の砦としても働きました。興国3年(1342)には、細川頼春(ほそかわよりはる)の攻撃を受けて義昌が戦死しました。 【戦国時代】 河野氏の家臣・妻鳥友春(めどりともはる)が城主になり、元亀3年(1572)には三好氏の攻撃を退けました。天正10年(1582)には、長宗我部(ちょうそかべ)氏の攻撃を受けて落城しました。 【豊臣秀吉の四国攻め】 天正13年(1585)、秀吉の四国攻めで長宗我部氏が降伏し、川之江城も開城したとされます。そのあと、領主がたびたび代わり、加藤嘉明(かとうよしあき)の時代に廃城になったと、市の公式案内は伝えています。 【幻の川之江藩】 寛永13年(1636)に一柳直家(ひとつやなぎなおいえ)が、2万8600石の川之江藩の領主となり、城山に城を築こうとしました。しかし、寛永19年(1642)に病気で亡くなり、領地は幕府に取り上げられました。 【現在の天守閣】 昭和59年度から城山公園の整備が始まり、昭和61年(1986)6月30日に天守閣が完成しました。旧川之江市の市制施行30周年の記念事業として建てられたもので、戦国時代の城には、わずかに石垣が残るだけです。

見どころ・特徴

【天守閣と展望台】 4階建ての天守閣で、4階の展望台からは、瀬戸内海の島々やしまなみ海道、紙製品の工場などを見わたせます。 【天守閣の展示】 1階は絵画・火縄銃・刀、2階は甲冑(かっちゅう)・出土品・江戸時代の川之江町の模型、3階は各地の城や天守閣の写真を展示しています。 【残る石垣】 戦国時代の城は、わずかに石垣が残っています。 【城山公園の桜】 城山公園は、桜の名所として知られています。春には城山公園桜まつりが開かれ、お花見に多くの人が訪れます。 【訪ねかた】 石垣と天守閣の展示を見たあとに4階の展望台へ上がると、城と海の位置関係がよく分かります。
年中行事・お祭り
【城山公園桜まつり】桜の季節に開かれます。ちびっこ写生大会、二州太鼓(にしゅうだいこ)の演奏、川之江紙漉き唄(かみすきうた)の披露、火縄銃砲術演武などが紹介されています。 開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式サイトでご確認ください。

※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。

学び・特徴
築城
延元2年(1337)、土肥義昌が築城
基本情報
住所
愛媛県四国中央市川之江町1087-4
見学時間
天守閣は、9時から16時までです。 休館日は、月曜日(祝日の場合は翌日)、10月15日、12月29日から1月3日です。 入館料は、大人100円、小学生・中学生50円です。 開館時間・料金・休館日は変更される場合があります。お出かけ前に公式サイトでご確認ください。

⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。

アクセス
JR予讃線の川之江駅から徒歩約15分です。 車では、国道11号の「山下公園前」交差点から西へ約650m、右へ曲がって約350mで、城山公園のふもとに着きます。
記念メダル

スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。

見学記録

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