この城について
戦国時代に今川氏の重臣、朝比奈泰煕(あさひなやすひろ)が築いた城で、のちに山内一豊(やまうちかずとよ)が城主となって近世の城に整えました。平成6年(1994)、日本で初めて木造で復元された天守が建ちました。幕末に建て直された二の丸御殿(にのまるごてん)は今も残り、国の重要文化財になっています。
歴史・由来
掛川城を理解する鍵は、東海道を押さえる遠江(とおとうみ)の要として、何度も主が入れ替わったことです。
【今川氏の城】
文明年間(1469〜1487)に、今川義忠(いまがわよしただ)の命で朝比奈泰煕が城を築きました。はじめは子角山(ねずみやま)にあり、永正年間(1504〜1521)に今の龍頭山(りゅうとうざん)に移ったとされます。永禄11年(1568)、武田信玄と徳川家康に攻められた今川氏真(いまがわうじざね)は駿府を逃れてこの城に入りましたが、翌永禄12年(1569)に家康に城を明け渡しました。
【山内一豊と天守】
天正18年(1590)、山内一豊が5万1千石(のちに5万9千石)で城主となりました。一豊は石垣や瓦ぶきの建物、天守を整え、掛川城を近世の城にしました。慶長5年(1600)の関ヶ原の戦いのあと、一豊は土佐へ移りました。
【地震と御殿の再建】
安政元年(1854)の安政東海地震で、天守を含む多くの建物が倒れました。天守は建て直されませんでしたが、二の丸御殿は文久元年(1861)に再建され、昭和55年(1980)に国の重要文化財になりました。
【木造天守の復元】
平成6年(1994)、天守が日本で初めて木造で復元されました。設計では高知城の天守が参考にされています。
見どころ・特徴
【木造で復元された天守】
平成6年(1994)に日本で初めて木造で復元された天守です。中では展示も見られます。
【二の丸御殿(重要文化財)】
幕末の文久元年(1861)に建て直された御殿で、国の重要文化財です。城の御殿が今に残る例は全国でも数少なく、藩の政治の場の様子を伝えています。
【太鼓櫓と四足門】
城内に移された太鼓櫓(たいこやぐら)や、記録をもとに復元された四足門(よつあしもん)があります。
【霧吹き井戸】
城に危機が迫ったとき、霧を噴いて城を隠したという伝説が残る井戸で、別名「雲霧城(くもきりじょう)」の由来とされています。
【桜】
城のまわりには約130本の桜が植えられています。
学び・特徴
指定・選定
日本100名城(第42番)。二の丸御殿は国の重要文化財
築城
文明年間(1469〜1487)、朝比奈泰煕が築城。永正年間に現在地へ移る
テーマ
日本100名城重要文化財桜武将ゆかり
基本情報
住所
静岡県掛川市掛川1138-24
見学時間
天守閣は9時から17時まで(入館は16時30分まで)。
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
JR東海道新幹線・東海道本線「掛川駅」北口から徒歩約7分。
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
見学記録
記録を確認中...