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城 御城印日本100名城(2006年選定)。国の史跡。 松阪市

松阪城

まつさかじょう

別名:松坂城、松坂城跡、松阪公園

この城について
天正16年(1588)、蒲生氏郷(がもううじさと)が四五百森(よいほのもり)と呼ばれる丘に築いた平山城(ひらやまじろ)です。現在は建物はなく、石垣が残ります。氏郷はふもとの城下町づくりにも力を注ぎ、この地を「松坂」と名づけました。平成23年(2011)に国の史跡に指定され、日本100名城にも選ばれています。城跡の中には、江戸時代の国学者・本居宣長(もとおりのりなが)の旧宅「鈴屋(すずのや)」が移されています。

歴史・由来

【築城】 天正12年(1584)に松ヶ島城(まつがしまじょう)へ入った蒲生氏郷は、天正16年(1588)に阪内川(さかないがわ)の右岸にある丘陵、四五百森に城を移し、この地を「松坂」と名づけました。完成までは約3年かかったとされます。 【石垣】 石垣は、築城当時の野面積み(のづらづみ)のほか、江戸時代の修理で使われた打込みハギ(うちこみはぎ)の積み方も見られます。隅の部分は算木積み(さんぎづみ)です。安土桃山時代の石積みの職人集団、穴太衆(あのうしゅう)が積んだとされています。 【城下町づくり】 氏郷は、参宮街道(さんぐうかいどう)の両側に店を並べるため、近江(日野)の商人を招きました。この町づくりから松阪商人が育ち、のちに「商人の町」と呼ばれるようになりました。氏郷は、今も「松阪開府の祖」と称えられています。 【氏郷の転封と江戸時代】 天正18年(1590)、氏郷は奥州仕置(おうしゅうしおき)で会津へ移されました。江戸時代の初めには松坂藩がおかれましたが、元和5年(1619)に藩主の古田重治(ふるたしげはる)が石見国浜田(いわみのくにはまだ)へ移ったため、松坂藩は廃され、紀州藩領となりました。二の丸には紀州藩の陣屋が築かれました。 【現在の城跡】 現在は建物はなく、石垣が残ります。明治42年(1909)には、保存のため本居宣長の旧宅「鈴屋」が城跡に移されました。旧宅は昭和28年(1953)に国の特別史跡に、城跡は平成23年(2011)2月に国の史跡に指定されました。平成18年(2006)には日本100名城にも選ばれました。

見どころ・特徴

【石垣と天守台】 本丸跡や天守台のまわりに、野面積みの大きな石垣が残ります。城跡からは、城下町の面影が残る町並みを見渡せます。 【本居宣長旧宅(鈴屋)】 江戸時代の国学者・本居宣長が暮らした家で、明治42年(1909)に城跡へ移されました。昭和28年(1953)に国の特別史跡に指定されています。二階の書斎「鈴屋」は、保存のため中に入れませんが、石垣の上の見学場所から見られます。 【松阪市立歴史民俗資料館】 国の登録有形文化財の建物で、一階では氏郷や松阪木綿(まつさかもめん)を、二階では映画監督・小津安二郎(おづやすじろう)の資料を展示しています。 【御城番屋敷】 三の丸にある、紀州藩士が城の警護のために住んだ武家屋敷で、国の重要文化財です。西棟北端の1戸が、無料で公開されています。 【桜と藤】 桜は3月下旬から4月上旬が目安で、ライトアップも行われます。藤棚の藤は4月下旬から5月上旬ごろです。開花は年によって変わります。 【訪ねかた】 御城印は、松阪駅の観光案内所や松阪市立歴史民俗資料館などで販売されています。取り扱い時間や販売状況は変わる場合があるので、お出かけ前にご確認ください。
年中行事・お祭り
【桜のライトアップ】例年3月下旬から4月上旬。氏郷の家紋「対い鶴(むかいづる)」を映す石垣のライトアップも行われます。 開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず最新の案内でご確認ください。

※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。

学び・特徴
指定・選定
日本100名城(2006年選定)。国の史跡。
築城
天正16年(1588)、蒲生氏郷が築城。
基本情報
住所
三重県松阪市殿町1538-1
見学時間
城跡は見学自由で、料金は無料です。本居宣長旧宅と本居宣長記念館は、9時から17時まで(最終入館は16時30分)で、共通券は400円です。休館日はお出かけ前にご確認ください。

⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。

アクセス
JR・近鉄「松阪」駅から徒歩約15分。バスの場合は、三重交通バスまたは鈴の音バス(市街地循環)の「市役所前」で下車します。 車の場合は、伊勢自動車道「松阪IC」から約15分。松阪市の駐車場があります。満車のときは、周辺のコインパーキングもご利用ください。
記念メダル

スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。

見学記録

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