この城について
赤穂城(あこうじょう)は、兵庫県赤穂市にある城跡です。
浅野長直(あさのながなお)が、慶安元年(1648)から寛文元年(1661)にかけて築きました。
瀬戸内海に面した「海城(うみじろ)」で、「変形輪郭式(へんけいりんかくしき)」という珍しい縄張り(城の設計)をもっています。
3代藩主の浅野長矩(ながのり)の代に起きた赤穂事件は、「忠臣蔵(ちゅうしんぐら)」として広く知られています。
城跡は国の史跡、旧赤穂城庭園は国の名勝で、日本100名城(60番)にも選ばれています。
歴史・由来
この城を理解する鍵は、軍学(ぐんがく・戦いの方法を研究する学問)の考えを取り入れて築かれた海辺の城が、築城から40年ほどのち、城主の改易(かいえき・取りつぶし)によって歴史の大きな舞台になった、という流れです。
【築城】
正保2年(1645)、浅野長直が赤穂に入りました。
文化庁の解説によると、築城は慶安元年(1648)から寛文元年(1661)にかけて行われました。
赤穂市は、石材の切り出しや三之丸(さんのまる)の外堀掘りは正保3年(1646)ごろから始まり、慶安元年は幕府から築城の許可を得た年だと紹介しています。
縄張りを担当したのは、甲州流(こうしゅうりゅう)軍学者で家老の近藤正純(こんどうまさずみ)です。
軍学者の山鹿素行(やまがそこう)も、一部に意見を加えたとされます。
本丸と二之丸(にのまる)は「輪郭式(りんかくしき・本丸を二之丸が取り囲む形)」、三之丸は「梯郭式(ていかくしき・本丸の一方に二之丸・三之丸を並べる形)」で、この二つを合わせた「変形輪郭式」です。
赤穂観光協会は、近世(江戸時代)の城のなかでも非常に珍しい形の海岸平城だと紹介しています。
天守台は築かれましたが、天守は建てられませんでした。
赤穂市は、京都の内裏(だいり)造営の費用負担と近藤正純の早い死が関係したと考えられると説明しています。
【赤穂事件】
元禄14年(1701)3月14日、3代藩主の浅野長矩が江戸城の松の廊下で吉良義央(きらよしひさ)に斬りかかり、その日のうちに切腹を命じられました。
浅野家は取りつぶしとなり、赤穂城は幕府に明け渡されました。
翌元禄15年12月14日(西暦では1703年1月30日)、大石内蔵助(おおいしくらのすけ)に率いられた旧臣たちが、江戸・本所松坂町(ほんじょまつざかちょう)の吉良邸に討ち入り、吉良義央を討ち取りました。
浪士たちは元禄16年2月4日(西暦では1703年3月20日)、幕府の命令で切腹しました。
四十七士のうち寺坂信行(てらさかのぶゆき)は、切腹を免れたとされます。
浪士たちの墓所は、東京の泉岳寺(せんがくじ)にあります。
【その後の城】
浅野家のあとは永井家が入り、宝永3年(1706)に森家が入って、明治の廃藩置県(1871)まで続きました。
明治時代に入ると建物は取り壊されましたが、石垣と堀の一部が残りました。
昭和46年(1971)3月31日に、城跡は国の史跡「赤穂城跡」に指定されました。
昭和30年(1955)の大手門・大手隅櫓(おおてすみやぐら)の復元に続き、平成に入ってからも、本丸門や本丸厩口門(ほんまるうまやぐちもん)などの復元が進められています。
本丸御殿は、発掘調査の成果をもとに、藩主の御殿の間取りを実物の大きさで地面に表示して見せています。
本丸庭園と二之丸庭園からなる旧赤穂城庭園は、平成14年(2002)9月20日に国の名勝に指定されました。
見どころ・特徴
【海に面した変形輪郭式の城】
瀬戸内海に面した海城で、熊見川(くまみがわ)の三角州の先に築かれています。
本丸は軍学の考えにそって複雑な形をしており、横矢枡形(よこやますがた・攻めてきた敵を横から射撃できるように曲げた通路)が多く使われています。
【大手門と大手隅櫓】
大手門(高麗門・こうらいもん)と大手隅櫓は、昭和30年(1955)に復元されたものです。
【本丸門と枡形】
本丸門と、その前後の枡形(ますがた・敵の勢いを止める四角い広場)は、平成に入ってから復元されました。
【天守台】
天守は建てられなかったため、高さ約9.5メートルの天守台だけが残っています。
【本丸御殿の間取り表示】
藩主の御殿の間取りが、実物の大きさで地面に表されています。
【旧赤穂城庭園】
国の名勝に指定された本丸庭園と二之丸庭園があります。
【赤穂大石神社】
旧城内にあり、大石内蔵助以下の四十七義士と、萱野三平(かやのさんぺい)をまつる神社です。
大正元年(1912)に鎮座しました。
義士木像奉安殿(ほうあんでん)には、四十七義士像、浅野内匠頭像、萱野三平像の木像が合わせて49体納められています。
義士宝物殿には、義士の遺品があります。
【大石良雄宅跡と長屋門】
旧城内にある大石内蔵助の屋敷跡で、国の史跡です。長屋門が残っています。
【赤穂市立歴史博物館】
赤穂の塩、城と城下町、義士、上水道の4つのテーマで赤穂の歴史を紹介しています。
【花岳寺(かがくじ)】
城跡の近くにある、浅野家の菩提寺(ぼだいじ)です。義士の墓所と義士木像堂があります。
【訪ねかた】
御城印は城跡の中ではなく、JR播州赤穂駅前の観光情報センターで受け取れます。
日本100名城のスタンプの場所は資料によって異なるため、赤穂観光協会などでご確認ください。
年中行事・お祭り
【赤穂義士祭】例年12月14日
討ち入りの日にあわせて開かれる、赤穂最大の行事です。
2025年の第122回では、10時から16時ごろまで、赤穂城跡・お城通り・いきつぎ広場の周辺で、忠臣蔵パレード(義士行列)、露店、忠臣蔵交流物産市などが行われました。
パレードは10時から15時ごろまででした。
前夜祭の提灯行列、花岳寺での追慕法要、大石神社での祭典もあります。
開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式サイトでご確認ください。
※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。
作品ゆかり
兵庫県の観光案内によると、映画『超高速!参勤交代』(2014)や、ドラマ『忠臣蔵〜その男、大石内蔵助』(2010年12月放送)のロケ地として使われました。
学び・特徴
指定・選定
国指定史跡「赤穂城跡」(昭和46年指定)。旧赤穂城庭園は国の名勝(平成14年指定)。日本100名城(60番)。
築城
慶安元年(1648)から寛文元年(1661)にかけて、浅野長直が築城。縄張りは近藤正純。
基本情報
住所
兵庫県赤穂市上仮屋1424-1
見学時間
【城跡】入場無料です。
【旧赤穂城庭園(本丸庭園・二之丸庭園)】
9時から16時30分まで(入園は16時まで)、無料です。
年末年始は閉門します。
【赤穂市立歴史博物館】
9時から17時まで(入館は16時30分まで)。
休館日は水曜日(祝日の場合は翌日)と年末年始です。
入館料は大人200円、小・中学生100円です。
【赤穂大石神社 義士史料館】
大人(高校生以上)500円、中学生以下は無料です。
【御城印】
JR播州赤穂駅前の観光情報センターで、9時から18時まで受け付けています(年末年始は休み)。
1枚400円で、お1人2枚までです。
時間・料金は変更される場合があります。お出かけ前に公式サイトでご確認ください。
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
JR赤穂線「播州赤穂(ばんしゅうあこう)」駅から城跡まで、徒歩で約15分から20分です。
赤穂市立歴史博物館までは、徒歩約15分、車で約7分です。
車の場合は、山陽自動車道の赤穂ICから約10分です。
無料の駐車場があります。台数は資料によって異なるため、お出かけ前にご確認ください。
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
見学記録
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