この城について
長崎県平戸市、平戸瀬戸(ひらどせと)に突き出した丘に築かれた平山城(ひらやまじろ)で、「亀岡城(かめおかじょう)」とも呼ばれます。平戸藩主・松浦(まつら)家の城として江戸時代の中ごろに完成しました。今の天守は昭和37年(1962年)に建てられたもので、北虎口門(きたこぐちもん)と狸櫓(たぬきやぐら)は江戸時代から残る建物です。日本100名城に選ばれています。
歴史・由来
この城を理解する鍵は、「一度は自ら焼かれ、およそ90年後に建て直された城」という点にあります。
【海外貿易の港・平戸】平戸には天文(てんぶん)19年(1550年)にポルトガル船が初めて入港しました。1609年にはオランダ商館、1613年にはイギリス商館が置かれ、外国との貿易の窓口としてにぎわいました。しかし1641年、オランダ商館は長崎の出島へ移されます。
【日之嶽城の焼失】平戸を治めた松浦鎮信(しげのぶ)は、慶長(けいちょう)4年(1599年)に日之嶽城(ひのたけじょう)を築き始めました。ところが慶長18年(1613年)、鎮信は自らこの城に火を放ちます。豊臣家と深いつながりのあった松浦家が、江戸幕府から疑いの目を向けられたためとする説があります。
【平戸城の再建】その後しばらく、平戸に城はありませんでした。松浦家30代の棟(たかし)が幕府で寺社奉行(じしゃぶぎょう)に取り立てられたことをきっかけに、1704年に新しい城の工事が始まり、1718年、31代の篤信(あつのぶ)のときに完成しました。山鹿流(やまがりゅう)という築き方を取り入れた城です。
【廃城と天守】明治時代の廃城令で城は役目を終えました。今の天守は、昭和37年(1962年)に建てられたものです。
見どころ・特徴
【天守】三層五階の天守で、平戸瀬戸や平戸の町並みを見わたせます。中は資料館になっています。もともとの平戸城に天守はなく、二の丸の乾櫓(いぬいやぐら)が天守の役目を果たしていました。
【北虎口門】城の北側を守った門で、城に残るただ一つの木造の遺構です。藩主の庭にいちばん近く、二の丸御殿への通用門でもありました。
【狸櫓】江戸時代から残るただ一つの櫓です。修理のとき、狸が「ここにすまわせてほしい」と頼みに化けて出たという伝説が名前の由来です。
【懐柔櫓の城泊】白浜港を望む懐柔櫓(かいじゅうやぐら)は、日本100名城で初めての常設の宿泊施設「城泊(しろはく)」として使われています。
【山鹿流の石垣】複雑に折れ曲がる石垣や虎口(こぐち)など、守りを重んじた造りを城内で見ることができます。
学び・特徴
指定・選定
日本100名城
築城
1704年、松浦家30代・棟のとき着工し、1718年、31代・篤信のとき完成。前身は慶長4年(1599年)に松浦鎮信が築き始めた日之嶽城。
テーマ
日本100名城
基本情報
住所
長崎県平戸市岩の上町1458-1
見学時間
開場は、4月1日から9月30日が8時半から18時、10月1日から3月31日が8時半から17時。休館日は12月30日・31日。
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
松浦鉄道西九州線「たびら平戸口駅」から西肥バスで約10分、「平戸市役所前」下車、徒歩約5分。
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
見学記録
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