この城について
筑後川のほとりに建つ、久留米藩21万石・有馬家の居城です。「篠山城(ささやまじょう)」とも呼ばれます。江戸時代の初めから明治まで、有馬家が11代にわたってこの城から久留米を治めました。今も見事な石垣と内堀が残り、続日本100名城の第183番に選ばれています。本丸跡には篠山神社が建ち、有馬家ゆかりの品を展示する有馬記念館があります。
歴史・由来
この城を理解する鍵は、江戸時代を通じて久留米を治めた有馬家です。
【毛利秀包の城】
天正15年(1587)、豊臣秀吉が九州の領地を割り振ったとき、毛利秀包(もうりひでかね)が3万5000石の城主として久留米城に入りました。その後、元和元年(1615)の一国一城令で、城はいったん廃城になりました。
【有馬家の入城】
元和6年(1620)閏12月、大坂の陣の功績により、丹波国福知山(今の京都府福知山市)の有馬豊氏(ありまとようじ)が筑後国久留米21万石を与えられました。豊氏は家臣や商人たちを連れて、翌元和7年(1621)3月に久留米城に入り、城を大きく整えました。以後、有馬則頼(のりより)を藩祖、豊氏を初代として、明治まで約250年、11代にわたって有馬家が久留米を治めました。
【明治以降】
明治に入ると城の建物は取り壊されましたが、石垣と内堀は残りました。明治10年(1877)には、本丸御殿の跡に篠山神社が建てられています。
見どころ・特徴
【石垣と内堀】
巽櫓(たつみやぐら)、太鼓櫓、西下櫓、坤櫓(ひつじさるやぐら)の跡の石垣が残り、正面側の内堀とあわせて、城の雄大な姿をしのぶことができます。
【篠山神社】
明治10年(1877)、本丸御殿の跡に建てられた神社です。
【有馬記念館】
篠山神社の境内にあり、歴代藩主の武具や工芸品など、有馬家の資料を中心に展示しています。
【続日本100名城スタンプ】
篠山神社(久留米城本丸址)に置かれています。
学び・特徴
指定・選定
続日本100名城 第183番
築城
天正15年(1587)毛利秀包が入城。元和7年(1621)有馬豊氏が入城し整備
テーマ
続日本100名城
基本情報
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
見学記録
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