TabiShiri
城国史跡(昭和14年指定)。続日本100名城 第107番 秋田市

秋田城

あきたじょう

別名:秋田城跡、出羽柵

この城について
奈良時代から平安時代にかけて、日本のいちばん北にあった古代の役所の跡です。律令国家(りつりょうこっか)が蝦夷(えみし)の人々を治めるために置いたもので、政治・軍事・文化の中心でした。国の史跡で、続日本100名城の第107番に選ばれています。復元された外郭東門や、沼に流す水洗式のトイレの跡などを見ることができます。

歴史・由来

この城を理解する鍵は、戦国時代の「お城」ではなく、古代の国が北の地を治めるために置いた「城柵(じょうさく)」だということです。 【出羽柵から秋田城へ】 秋田城のもとは「出羽柵(いではのき)」と呼ばれる施設で、はじめは今の山形県の庄内地方にありました。天平5年(733)、出羽柵は秋田村の高清水岡(たかしみずのおか)に移され、天平宝字4年(760)ごろに「秋田城」と呼ばれるようになったと考えられています。 【北の政治・軍事・文化の中心】 秋田城は、蝦夷の人々を治め、まとめるための律令国家の役所で、政治・軍事・文化の中心として働きました。出羽国の国府(今でいう県庁)がここに置かれていたとする説と、置かれていなかったとする説があり、研究者の間でも意見が分かれています。 【役目を終えて】 延暦23年(804)に秋田城は停廃され、その働きは別の場所に移されました。その後もしばらく使われましたが、10世紀後半には城としての基本的な形と働きを失いました。 【発掘と史跡公園】 昭和14年(1939)に国の史跡に指定され、発掘調査で古代の城柵の姿が明らかになってきました。今は史跡公園として整えられています。

見どころ・特徴

【外郭東門】 城の外側を囲む塀の東の門で、平成10年(1998)に復元されました。古代の城柵の雰囲気を感じられます。 【水洗式の厠舎(かわや)】 発掘調査で見つかったトイレの跡で、個室の床下にたまった汚物を、木の樋(とい)で沼へ流すしくみでした。沈殿させるための槽もあり、今の簡易水洗式トイレに似たつくりです。復元された建物で、そのしくみを見ることができます。 【秋田城跡歴史資料館】 秋田城跡から出土した品々を展示しています。赤外線カメラを使って、漆紙文書(うるしがみもんじょ)や木簡に書かれた文字を読む体験もできます。 【続日本100名城スタンプ】 秋田城跡歴史資料館と、史跡公園の管理棟に置かれています。
学び・特徴
指定・選定
国史跡(昭和14年指定)。続日本100名城 第107番
築城
天平5年(733)、出羽柵が秋田村高清水岡に移される。天平宝字4年(760)ごろ秋田城と改称
テーマ
続日本100名城国史跡
基本情報
住所
秋田県秋田市寺内焼山9-6
見学時間
史跡公園は散策自由。秋田城跡歴史資料館は9時から16時30分まで(年末年始〈12月29日から1月3日まで〉は休館)。資料館の入館料は一般310円、高校生以下無料。

⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。

アクセス
JR「秋田駅」から秋田中央交通バス(将軍野線、寺内経由土崎線)で「秋田城跡歴史資料館前」下車、徒歩約3分。車の場合はJR秋田駅から約20分、秋田自動車道「秋田北IC」から約15分。駐車場は史跡公園管理棟側・資料館側に各約40台。
記念メダル

スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。

見学記録

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