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城続日本100名城108番 鶴岡市

鶴ヶ岡城

つるがおかじょう

別名:大宝寺城、鶴岡公園、鶴ケ岡城址公園

この城について
庄内藩の酒井家が約250年にわたって居城とした城の跡です。もとは大宝寺城(だいほうじじょう)と呼ばれ、江戸時代のはじめに最上義光(もがみよしあき)が「鶴ヶ岡城」と名前を改めました。今は鶴岡公園として整備され、本丸跡には荘内神社(しょうないじんじゃ)が建っています。日本さくら名所100選に選ばれた桜の名所でもあります。

歴史・由来

【大宝寺城の時代】 室町時代のはじめに、武藤長盛(むとうながもり)が築いたのが始まりといわれ、古くは大宝寺城と呼ばれていました。天文(てんぶん)年間(1533年ごろ)には武藤氏が大山の尾浦城(おうらじょう)に移り、この城はその支えとなる城になりました。 【最上義光と鶴ヶ岡城】 慶長(けいちょう)6年(1601)から庄内は山形の最上義光が治めるようになりました。慶長8年(1603)、義光は大宝寺城を自分の隠居の城として直し、名前を鶴ヶ岡城と改めました。 【酒井家の城】 元和(げんな)8年(1622)、最上氏が領地を取り上げられたあと、信州松代から酒井忠勝(さかいただかつ)が移ってきました。それから明治のはじめまで約250年、酒井家が庄内藩主としてこの城で藩を治めました。本丸を中心に二の丸・三の丸が囲む平城で、石垣は櫓と門の下だけに使われ、大部分は土塁でした。 【公園へ】 明治元年(1868)9月、庄内藩は戊辰戦争で降伏し、城を新政府軍に明け渡しました。明治のはじめに建物は取り壊され、本丸と二の丸は公園になりました。明治10年(1877)には、住民たちの手で本丸跡に荘内神社が建てられました。

見どころ・特徴

【お堀と石垣】 お堀や石垣、樹齢数百年の老杉が、城だったころの面影を伝えています。バラ園のわきの石垣は、城を取り壊したときに土に埋めた石を、明治43年(1910)に掘り起こして積み直したものです。 【荘内神社】 本丸跡に建つ神社で、続日本100名城のスタンプは荘内神社の社務所に置かれています。 【約700本の桜】 日本さくら名所100選に選ばれていて、春には約700本の桜がお堀のまわりを彩ります。
年中行事・お祭り
【鶴岡桜まつり】例年4月上旬から中旬まで 開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式サイトでご確認ください。

※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。

学び・特徴
指定・選定
続日本100名城108番
築城
室町時代初期に武藤長盛が築いたのが始まりといわれる。慶長8年(1603)に鶴ヶ岡城と改称
テーマ
続日本100名城桜
基本情報
住所
山形県鶴岡市馬場町
見学時間
続日本100名城のスタンプは荘内神社の社務所にあります。

⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。

アクセス
JR羽越本線「鶴岡」駅から湯野浜温泉方面のバスで約10分、「市役所前」下車、徒歩約2分。 鶴岡公園の東・西・中央・南の4か所に駐車場があります。
記念メダル

スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。

見学記録

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