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城 御城印 印旛郡酒々井町

本佐倉城

もとさくらじょう

この城について
千葉氏の本拠。15世紀末から戦国末期まで約100年間、下総千葉氏の中心。広大な城域に複数の郭跡が良好に残る関東屈指の中世城跡。続日本100名城#121。

歴史・由来

本佐倉城は、下総千葉氏(しもうさちばし)が15世紀末から戦国時代の終わりまで、約100年にわたって本拠とした城である。 千葉氏は、平安時代から続く下総国の名族。鎌倉幕府の成立期には、千葉常胤(ちばつねたね)が源頼朝の有力御家人(ごけにん)として頼朝を支え、幕府の基盤づくりに貢献した一族として知られる。 本佐倉城そのものは、文明年間(1469年から1487年ごろ)に千葉輔胤(ちばすけたね)が築き、子の千葉孝胤(ちばたかたね)の代の1484年ごろまでに、一族の本拠として整えられたと伝わる。 天正18年(1590)、豊臣秀吉による小田原征伐(おだわらせいばつ)で、千葉氏と同盟関係にあった後北条氏(ごほうじょうし)が滅びると、千葉氏もまた所領を失い、大名としての歴史に幕を下ろした。当時の当主は千葉重胤(ちばしげたね)である。 城そのものはその後も使われ続け、徳川家の家臣・土井利勝(どいとしかつ)が佐倉城の築城を進めたことで、元和元年(1615)、一国一城(いっこくいちじょう)の方針のもとに正式に廃城となった。 現在は国指定史跡として整備され、広大な城域に土塁(どるい)や空堀(からぼり)などの遺構が良好な状態で残る、関東屈指の中世城跡として知られている。

見どころ・特徴

【城域を歩く】 本丸にあたる「城山(しろやま)」をはじめ、「奥ノ山(おくのやま)」「東山馬場(ひがしやまばば)」など、十か所ほどの曲輪(くるわ)跡が城域に残り、歩いて巡ることができる。城山には枡形虎口(ますがたこぐち)と呼ばれる防御用の出入口跡も見られる。 【案内所で学ぶ】 2021年に開館した「国史跡本佐倉城跡案内所」では、千葉氏の歴史や発掘調査で見つかった遺物、城の構造について学べる。ボランティアガイドが常駐している日もある。 【御城印】 御城印は城跡現地では販売されておらず、佐倉市内の観光案内所などで入手できる。 【佐倉城とあわせて】 近隣には、千葉氏滅亡後に築かれた佐倉城(日本100名城#20)の跡もあり、あわせて訪ねると千葉県中部の城郭の歴史をより深く楽しめる。
学び・特徴
指定・選定
国指定史跡(平成10年/1998年9月11日指定)。 続日本100名城 第121番(2017年4月6日選定)。
築城
文明年間(1469年から1487年ごろ)、千葉輔胤(ちばすけたね)が築城。子の千葉孝胤(ちばたかたね)の代の1484年ごろまでに、千葉氏の本拠として整えられたと伝わる。
テーマ
続日本100名城中世城跡
基本情報
住所
千葉県印旛郡酒々井町本佐倉
見学時間
城跡そのものは屋外にあり、見学時間の定めはない。 隣接する「国史跡本佐倉城跡案内所」は9時から16時30分まで(月曜・年末年始休館、入館無料)。

⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。

アクセス
京成本線「大佐倉(おおさくら)」駅から徒歩約10分。 京成本線「京成酒々井」駅からは徒歩約20分、JR「酒々井」駅からは徒歩約25分。 車の場合は、東関東自動車道「酒々井インターチェンジ」から約10分。
記念メダル

スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。

見学記録

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