TabiShiri
神社 糸魚川市

天津神社

あまつじんじゃ

別名:天津神社・奴奈川神社

この神社について
糸魚川の町なかにある古い神社で、天津神社と奴奈川神社(ぬながわじんじゃ)の2つの社が同じ境内に並んでまつられています。毎年4月の春大祭では、神輿(みこし)をぶつけ合う「けんか祭り」と、国の重要無形民俗文化財に指定された舞楽(ぶがく)が奉納されます。

歴史・由来

この神社を理解する鍵は、天からくだった神をまつる天津神社と、この土地の姫神をまつる奴奈川神社が、ひとつの境内に並んでいることです。 【天の神をまつる天津神社】 社伝によると、天津神社は第12代景行天皇(けいこうてんのう)の時代に創設され、のちに第36代孝徳天皇(こうとくてんのう)の勅願所(ちょくがんしょ。天皇が祈願を命じた社寺)になったと伝えられています。まつられているのは、天から地上にくだったとされる天津彦々火瓊々杵尊(あまつひこひこほのににぎのみこと)と、天児屋根命(あめのこやねのみこと)、天太玉命(あめのふとだまのみこと)です。旧糸魚川町の一の宮・押上・寺町などの地域の産土神(うぶすながみ。その土地に生まれた人を守る神)として大切にされ、大正7年(1918)に郷社、のちに県社となりました。 【土地の姫神をまつる奴奈川神社】 並んでまつられる奴奈川神社は、平安時代の延喜式(えんぎしき)に名前がのる古い神社で、頸城(くびき)地方の13社のひとつに数えられます。まつられているのは奴奈川媛命(ぬながわひめのみこと)と八千矛命(やちほこのみこと)です。もとは山崎(今の京ヶ峰区)にありましたが、山崩れのため今の場所に移されたと伝えられています。 【沼川郷の伝え】 神社の由緒によると、このあたりはかつて「沼川郷(ぬなかわのさと)」と呼ばれ、奴奈川媛命が住んでいた場所とされます。八千矛命が海を渡ってこの地に上陸し、媛と結ばれたという話や、二神の子とされる建御名方命(たけみなかたのみこと)が姫川の谷をさかのぼって信濃(今の長野県)へ進んだという伝説が残る土地です。 【江戸時代の社殿】 今の社殿は江戸時代に整えられました。拝殿は寛文2年(1662)の改築、幣殿(へいでん)は天明2年(1782)の増築で、天津神社の本殿は寛政9年(1797)に糸魚川の大工・相馬十郎左衛門昌信(そうまじゅうろうざえもんまさのぶ)が建てました。奴奈川神社の社殿は寛政10年(1798)に建てられています。

見どころ・特徴

【並び立つ二つの社】 拝殿の奥に、天津神社の本殿と奴奈川神社の本殿が並んでいます。天津神社に向かって左手が奴奈川神社です。天津神社の本殿は寛政9年(1797)の建築で、糸魚川市の指定文化財になっています。 【国の重要無形民俗文化財の舞楽】 春大祭で奉納される舞楽は、「糸魚川・能生の舞楽」として昭和55年(1980)に国の重要無形民俗文化財に指定されています。子どもが舞う演目もあり、「稚児(ちご)の舞」とも呼ばれて親しまれています。全部で12曲が伝わっています。 【県指定の舞楽面】 舞楽で使われる陵王(りょうおう)・抜頭(ばとう)・納曽利(なそり)などの面6面が、新潟県の指定文化財になっています。
年中行事・お祭り
【春大祭(糸魚川けんか祭り)】例年4月10日・11日 五穀豊穣(ごこくほうじょう)を願う春の大祭です。10日には、押上区と寺町区の若者が担ぐ2基の神輿が境内をめぐりながら何度もぶつかり合い、最後は決められた位置から走り出して勝ち負けを決めます。神輿のあとには国の重要無形民俗文化財の舞楽12曲が10日・11日の両日に奉納され、11日は衣装が変わります。例年、舞楽は13時ごろから17時30分ごろまで行われます。 開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式サイトでご確認ください。

※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。

学び・特徴
主祭神
天津彦々火瓊々杵尊天児屋根命天太玉命奴奈川媛命八千矛命
社格
旧県社(大正7年〈1918〉に郷社、のちに県社)。境内の奴奈川神社は延喜式内社(頸城十三座の一社)
創建
社伝では第12代景行天皇の御代の創設
ご利益
五穀豊穣
テーマ
祭り文化財
基本情報
住所
新潟県糸魚川市一の宮1-3-34
参拝時間
ご祈祷の受付は9時から16時まで(ご祈祷の対応などで応対できない場合があります)。

⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。

アクセス
JR北陸新幹線・えちごトキめき鉄道日本海ひすいライン「糸魚川駅」から徒歩約10分。車の場合は北陸自動車道「糸魚川IC」から約8分。駐車場はありません。
記念メダル

スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。

参拝記録

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