TabiShiri
寺 御朱印真言宗智山派・近畿三十六不動尊霊場第32番 富田林市

瀧谷不動明王寺

たきだにふどうみょうおうじ

別名:瀧谷不動尊、滝谷不動

この寺について
平安時代の弘仁12年(821年)、弘法大師が国の安全と人々の幸せを祈る道場として開いたと伝わる寺で、「日本三不動の一つ」と称されています。 平安時代後期に作られた本尊の不動明王と二童子の像は、国の重要文化財です。「眼(め)の不動さま」として、目の病気が治るよう願う人々から古くから信仰されてきました。

歴史・由来

【弘法大師の開創】 寺の伝えによれば、嵯峨天皇の時代の弘仁12年(821年)、弘法大師(空海)がこの地にとどまり、国の安全と人々の幸せを祈るために開いた道場が始まりです。 【二度の焼失と移転】 はじめは嶽山(だけやま)の中腹にありましたが、南北朝時代の正平15年(1360年)、足利義詮(よしあきら)の攻撃で焼けてしまいました。その後、目の見えない老僧が現れて本尊の霊験を説き、小さなお堂を建てて復興したと伝わります。さらに寛正4年(1463年)、畠山氏の合戦で再び焼け、今の場所へ移りました。 【眼の不動さま】 室町時代、老僧がこの不動明王に祈って目が見えるようになったという言い伝えから、「眼の神様」として信仰されるようになりました。 【本尊の不動明王】 寺では弘法大師が一彫りごとに三度礼拝して刻んだ「一刀三礼(いっとうさんらい)」の霊像と伝えています。像の中に書かれた文字から、不動明王は寛治8年(1094年)、二体の童子は永長2年(1097年)に作られたことが分かっています。昭和31年(1956年)に国の重要文化財に指定されました。

見どころ・特徴

【本尊 不動明王及び二童子立像】 不動明王を真ん中に、矜羯羅童子(こんがらどうじ)と制吒迦童子(せいたかどうじ)が両わきに立つ三体の像です。どれもヒノキで作られ、身長は不動明王が161.2cm。三体がよく調和し、内に秘めた怒りを表した姿に、平安時代後期の特徴がよく表れています。 【本堂と観音堂】 今の本堂は明治30年(1897年)に建てられました。観音堂は慶長年間(1596年から1615年)の建物で、明治に今の本堂ができるまではこのお堂が本堂でした。今は聖観音をまつっています。 【多宝塔】 昭和59年(1984年)、弘法大師の御遠忌(ごおんき)を記念して建てられた塔で、中に金剛界大日如来と両界曼荼羅(りょうかいまんだら)をまつっています。 【瀧行場と一願不動堂】 瀧行場の瀧不動堂には石の不動尊がまつられ、毎月第4日曜日には寺に属する山伏(やまぶし)による護摩が行われます。一願不動堂には水をかけてお参りする水かけ不動尊がまつられています。 【芽の出るお不動さま】 目の病気だけでなく「芽の出るお不動さま」として、勉強やスポーツ、芸事、商売の願いにもご利益があるとされています。古くからの「どじょう流し」の信仰でも知られています。
年中行事・お祭り
【月例祭】毎月第4日曜日 【春季大祭・柴燈大護摩供】例年5月第4日曜日 【柴燈大護摩供】例年9月第4日曜日 開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式サイトでご確認ください。

※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。

学び・特徴
本尊
不動明王矜羯羅童子制吒迦童子
宗派・寺格
真言宗智山派・近畿三十六不動尊霊場第32番
創建
弘仁12年(821)、弘法大師の開創と伝わる
ご利益
眼病平癒厄除け商売繁盛交通安全開運招福
テーマ
重要文化財霊場・巡礼
基本情報
住所
大阪府富田林市彼方1762
参拝時間
開堂は7時から16時30分まで(月例祭の日は6時から)。寺務所の受付は8時30分から16時30分まで。行事によって変わる場合があります。

⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。

アクセス
近鉄長野線「滝谷不動駅」から徒歩約15分 富田林駅・河内長野駅からタクシーで約10分 駐車場あり(無料。行事の日は混雑します)
記念メダル

スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。

参拝記録

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