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神社 羽曳野市

誉田八幡宮

こんだはちまんぐう

別名:譽田八幡宮

この神社について
応神天皇陵古墳(おうじんてんのうりょうこふん)のそばに鎮座する八幡宮です。社伝(しゃでん)では欽明天皇(きんめいてんのう)20年(559)に陵の前に社殿が建てられたのが始まりとされ、日本最古の八幡宮と伝えられます。源頼朝(みなもとのよりとも)が寄進したと伝わる国宝の神輿(みこし)や、古墳から出土した国宝の鞍金具(くらかなぐ)を所蔵しています。毎年9月15日の秋季例大祭では、みこしが応神天皇陵へ向かう「お渡り」が行われます。

歴史・由来

【この八幡宮を知る鍵は、応神天皇陵とのつながり】 誉田八幡宮の歴史は、応神天皇をまつる陵(みささぎ)への信仰から始まりました。社宝の「誉田宗廟縁起(こんだそうびょうえんぎ)」によると、欽明天皇20年(559)に天皇の願いで陵の前に社殿が建てられ、八幡大菩薩(はちまんだいぼさつ)をお迎えしたとされます。公式サイトも、これは縁起に書かれた話だと断っています。 【現在の場所へ】 後冷泉天皇(ごれいぜいてんのう)の時代、永承6年(1051)ごろに、社殿は現在の位置へ移され、今に近い形が整えられたと伝わります。 【武家に守られた八幡宮】 八幡神は源氏の氏神と信じられ、将軍家や源氏を名乗る武士たちから敬われました。建久7年(1196)には源頼朝が社殿や伽藍(がらん)を修復し、神輿などを寄進したと伝わります。その後も足利・豊臣・徳川の各氏に、戦の神、守り神として大切にされました。 【戦乱と再建】 享徳3年(1454)、河内守護の畠山氏の内輪争いに始まる戦乱で、この地は激戦地となり、社殿や伽藍が荒れました。天正14年(1586)には社殿・伽藍が焼失しました。のちに豊臣秀頼が再建を支え、片桐且元(かたぎりかつもと)が普請奉行(ふしんぶぎょう)を務めました。公式サイトの境内案内では、一説に慶長11年(1606)に秀頼が再建を命じ、大坂の役で工事が止まったあと、徳川家光が引き継いで寛永の初めごろに完成したと考えられるとしています。 【神仏分離のあと】 江戸時代には、神宮寺の護国寺が境内に並んでいました。明治初めの神仏分離で護国寺の大半は取り壊され、今は南大門だけが残っています。

見どころ・特徴

【国宝の神輿と鞍金具】 塵地螺鈿金銅装神輿(ちりじらでんこんどうそうしんよ)は鎌倉時代の神輿で、源頼朝の寄進と伝わります。金銅透彫鞍金具(こんどうすかしぼりくらかなぐ)は古墳時代の馬具で、応神天皇陵古墳の陪塚(ばいちょう)にあたる丸山古墳から出土したと伝わります。どちらも国宝で、土曜日の宝物館で拝観できます。 【重要文化財の社宝】 誉田宗廟縁起、神功皇后縁起、蔦松皮菱螺鈿鞍(鎌倉時代)など、多くの重要文化財を社宝として守り伝えています。 【割拝殿(わりはいでん)】 東向きの割拝殿は、入母屋造(いりもやづくり)の本瓦葺(ほんかわらぶき)で、間口十一間・奥行三間の大きな建物です。天井が張られていないため、木組みを間近に見られます。徳川家の三つ葉葵の紋が付けられています。 【放生橋】 石造りで、ほぼ半円形に反った橋です。江戸時代につくられたと考えられています。現在は老朽化のため、横の橋を通ります。 【南大門】 江戸時代まで境内にあった神宮寺の門で、護国寺の建物で唯一残っています。 【応神天皇陵古墳】 墳丘の長さは約425mで、仁徳天皇陵古墳に次ぐ大きさです。百舌鳥・古市古墳群の構成資産として、令和元年(2019)に世界文化遺産に登録されました。後円部へは神社の境内から行けます。拝所には鳥居があり、前方部へは一度境内を出て回り込みます。
年中行事・お祭り
【歳旦祭(さいたんさい)】例年1月1日 午前8時30分ごろから行われます。元日には河内産の赤ワインを使った「日の丸神酒」の無料授与があります。 【こんだえびす祭】例年1月9日 午後3時から行われ、福笹などが授与されます。 【節分 厄除祈願祭・湯立神事(ゆだてしんじ)】例年2月3日 午後8時から、氏子や崇敬者の厄除けを祈ります。 【姫待稲荷祭(ひめまちいなりさい)】例年4月1日 午後3時から、神楽が奉納されます。 【藤まつり】例年5月8日 午前10時から祭典、午後1時から奉納行事があり、舞楽や武道が奉納されます。 【秋季例大祭】例年9月15日 午前10時から例祭と神楽があり、午後8時からみこしが応神天皇陵へ向かう渡御(とぎょ)が行われます。前日の9月14日の宵宮にも「お渡りの神事」があります。 【誉田だんじり祭り】例年9月 2026年の公式予定は9月19日・20日でした。日付は年によって変わります。 開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式サイトでご確認ください。

※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。

学び・特徴
主祭神
応神天皇仲哀天皇神功皇后住吉大神
創建
社伝では欽明天皇20年(559)。社宝「誉田宗廟縁起」にもとづく伝えです。後冷泉天皇の時代(永承6年・1051年ごろ)に現在地へ移されたと伝わります。
基本情報
住所
大阪府羽曳野市誉田3-2-8
参拝時間
境内の開門時間は公式サイトに記載がありません。お出かけ前に神社へお問い合わせください。授与所は午前9時から午後4時30分までです(時間外は、事前に連絡すると対応してもらえる場合があります)。宝物館(国宝・重要文化財の拝観)は土曜日のみ、午後1時から4時までで、拝観料は500円です。

⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。

アクセス
近鉄南大阪線「古市駅」から徒歩約10分です(阿部野橋駅から古市駅までは急行で約20分)。車では東門の入口に駐車スペースがあります。9月15日の夜と、だんじり祭りの期間は駐車が難しくなります。大型バスで訪ねるときは、境内までの道が狭いため、事前に神社へ連絡してください。
記念メダル

スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。

参拝記録

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