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寺 御朱印 江東区

龍光院

りゅうこういん

この寺について
東京都江東区にある浄土宗(じょうどしゅう)の寺院。山号は龍徳山(りゅうとくさん)。慶長16年(1611)、徳川家康(とくがわいえやす)の側室・阿茶局(あちゃのつぼね)が開いた雲光院(うんこういん)の塔頭(たっちゅう)の一つとして、日本橋馬喰町(にほんばしばくろちょう)に設けられたのが始まり。天和2年(1682)に現在の深川へ移り、複数の塔頭が合わさって「龍光院」となった。深川七福神(ふかがわしちふくじん)の毘沙門天(びしゃもんてん)を祀る寺としても知られる。

歴史・由来

龍光院(りゅうこういん)を理解する鍵は、一つの寺ではなく、いくつかの小さな寺が重なり合って今の姿になった、その歩みにある。 寺のはじまりは慶長16年(けいちょう、1611年)にさかのぼる。徳川家康の側室であった阿茶局(あちゃのつぼね)が、日本橋馬喰町(にほんばしばくろちょう)に雲光院(うんこういん)を開いた。開山(かいさん)したのは増上寺(ぞうじょうじ)の高僧・潮呑上人(ちょうどんしょうにん)で、観智国師存応(かんちこくしぞんのう)に30年以上師事した学僧であった。龍光院は、この雲光院に付属する塔頭(たっちゅう、寺院内の小寺)の一つとして設けられたのが始まりとされる。当初は「法龍院」「清光院」「清心院」という3つの塔頭に分かれていた。 明暦3年(めいれき、1657年)の大火で焼け、何度かの移転を経て、天和2年(てんな、1682年)に現在の深川・三好の地へ移った。その後、享保19年(きょうほう、1734年)に法龍院と清光院が合併して「龍光院」と名を改め、天明8年(てんめい、1788年)には清心院も合わさって、今の一つの寺にまとまった。 深川への移転後、境内の東北の角が鬼門(きもん)にあたることから、鬼門除けとして毘沙門天(びしゃもんてん)の石像が祀られるようになった。昭和11年(1936年)には境内東南の角に毘沙門堂(びしゃもんどう)が建てられ、今日では深川七福神(ふかがわしちふくじん)の毘沙門天を祀る寺として親しまれている。 境内には貞享3年(じょうきょう、1686年)の銘を持つ石造五輪塔(せきぞうごりんとう)が残り、江東区の有形文化財に指定されている。

見どころ・特徴

【深川七福神 毘沙門天(びしゃもんてん)】鬼門除けとして祀られた毘沙門天をまつる毘沙門堂があり、深川七福神めぐりの一つとして親しまれている。 【石造五輪塔(せきぞうごりんとう)】貞享3年(1686年)の銘を持つ石造物で、江東区の有形文化財に指定されている。 【御朱印・色紙】深川七福神の色紙への授与は、例年1月1日から7日まで、9時から17時の間に行われる(各100円)。 【雲光院とのつながり】もとは徳川家康の側室・阿茶局が開いた雲光院の塔頭だった歴史を持ち、深川に移った後、いくつかの塔頭が一つにまとまって今の龍光院になった。
年中行事・お祭り
【深川七福神めぐり】例年1月1日から7日まで、9時から17時の間、深川七福神の色紙に御朱印が授与される(各100円)。 開催日・開催の有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず深川七福神会や公式サイトでご確認ください。

※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。

学び・特徴
本尊
毘沙門天(びしゃもんてん)
宗派・寺格
浄土宗(じょうどしゅう)の寺院。山号は龍徳山(りゅうとくさん)。深川七福神(ふかがわしちふくじん)の毘沙門天(びしゃもんてん)を祀る一寺。もとは徳川家康の側室・阿茶局が開いた雲光院の塔頭(たっちゅう)だった。
創建
慶長16年(1611)、雲光院の塔頭「法龍院」「清光院」「清心院」として日本橋馬喰町に設けられたのが始まり。天和2年(1682)に現在の深川へ移り、享保19年(1734)に法龍院と清光院が合併して「龍光院」と改称、天明8年(1788)に清心院も合わさって今の一寺となった。
この場所を巡る軸
基本情報
住所
東京都江東区三好2-7-5
参拝時間
通常の拝観時間を明記した資料は見当たりません。深川七福神としての御開帳・御朱印授与は、例年1月1日から7日まで、9時から17時の間に限られます。

⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。

アクセス
都営大江戸線・東京メトロ半蔵門線「清澄白河」駅から徒歩約4分から7分ほど(半蔵門線専用のB2出口からが近く、大江戸線のA3出口からは徒歩約7分)。 専用駐車場の案内は見当たらず、車で訪れる場合は周辺のコインパーキングなどを利用することになる。
記念メダル

スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。

参拝記録

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