この寺について
日蓮宗の寺院で、山号は仏母山(ぶつもざん)。荏原七福神(寿老人担当)の一寺。寛文年間(1661-1673)の創建と伝わるが、正確な年代には異説もある。寺名の「摩耶」は、釈迦の母・摩耶夫人(まやぶにん)に由来する。
歴史・由来
摩耶寺を理解する鍵は、寺名や山号のとおり、釈迦の母・摩耶夫人(まやぶにん)への信仰を今に伝えている点と、江戸時代の宗教弾圧をくぐり抜けた仏像を受け継いでいる点にある。
寺伝では、立法院蓮生日了(りゅうほういんれんしょうにちりょう)を開山とし、寛文年間(1661-1673、寛文7年/1667年とも)の創建と伝わる。ただし正確な創建年代は資料によって「不詳」ともされ、断定はできない。宝永年間(1704-1711)ごろには、住僧・日義によって中興されたと伝わる。
摩耶寺が所蔵する仏像の多くは、日蓮宗不受不施派(ふじゅふせは)への弾圧の際に、法華寺から移されたものと伝わる。この法華寺は、現在の目黒区碑文谷にある円融寺(えんゆうじ)の前身にあたる日蓮宗寺院で、江戸幕府による弾圧を受けて天台宗に改宗させられた経緯を持つ。摩耶寺の祖師像は延宝5年(1677年)に、続いて摩耶夫人像は延宝6年(1678年)に、それぞれつくられたと伝わる。
摩耶夫人像は、高さ約37センチメートルの小型の人形形式の像で、精巧な彫刻に極彩色が施されている。江戸時代初期の人形彫刻の貴重な遺例とされ、品川区の文化財に指定されている。この像を安置するための摩耶堂は、のちの天保年間(1830-1843)に建てられたと伝わる。
近代以降、関東大震災や戦災を免れて今に至り、本堂は昭和53年(1978年)に完成した。平成3年(1991)には、品川区南部の3社4か寺による「荏原七福神」が新たに創立され、摩耶寺は寿老人(じゅろうじん)をまつる寺として、その一寺に加わっている。
見どころ・特徴
【木造摩耶夫人立像】延宝6年(1678年)につくられたと伝わる、高さ約37センチメートルの小型の像。精巧な彫刻と極彩色の彩色が施された、江戸時代初期の人形彫刻の貴重な遺例で、品川区指定文化財となっている。ふだんは非公開だが、11月の文化財ウィークの時期に本堂で公開されることがある。
【摩耶堂】摩耶夫人像を安置するために建てられたお堂。釈迦の母を祀るという珍しい信仰の形を、今に伝えている。
【荏原七福神の寿老人】平成3年(1991)に品川区南部の社寺によって新たに整えられた「荏原七福神」のひとつとして、長寿の神・寿老人をまつる。
【花まつり】毎年5月には、お釈迦様の誕生を祝う「花まつり」が行われ、多くの参拝者が訪れる。
年中行事・お祭り
【花まつり】5月ごろ、お釈迦様の誕生を祝う行事が行われる。
【正月】正月期間には、参拝者に甘酒がふるまわれることがある。
開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式サイトまたは寺へお問い合わせのうえご確認ください。
※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。
学び・特徴
本尊
釈迦如来
宗派・寺格
日蓮宗。山号は仏母山(ぶつもざん)。荏原七福神(平成3年創立)の一寺で、寿老人をまつる。
創建
寺伝では、立法院蓮生日了(りゅうほういんれんしょうにちりょう)を開山とし、寛文年間(1661-1673、寛文7年/1667年とも)の創建と伝わる。ただし正確な年代は資料によって「不詳」ともされる。宝永年間(1704-1711)ごろ、住僧・日義によって中興されたと伝わる。
ご利益
長寿
テーマ
荏原七福神
この場所を巡る軸
めぐりコース
基本情報
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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