この寺について
光明山真言院(こうみょうざんしんごんいん)と号する真言宗室生寺派(しんごんしゅうむろうじは)の寺院で、「幡ヶ谷不動尊(はたがやふどうそん)」の名で親しまれています。本尊は薬師如来、不動堂には不動明王立像をまつり、大師堂は御府内八十八ヶ所霊場の第11番札所です。
江戸時代には幡ヶ谷村の鎮守・氷川神社(ひかわじんじゃ)の別当寺(神社を管理するお寺)で、『江戸名所図会』にも紹介されました。門前には、かつての参道だった不動通りの商店街が続きます。
歴史・由来
この寺を理解する鍵は、「幡ヶ谷の鎮守・氷川神社の別当寺」と「幡ヶ谷不動尊」という二つの顔にあります。
寺は光明山真言院と号し、開山は宥悦(ゆうえつ)と伝わります。創建は永禄4年(1561)とする資料が多い一方、宥悦は天文2年(1533)に亡くなったとする記録もあり、年代ははっきり定まっていません。江戸時代には、幡ヶ谷村の鎮守・氷川神社の別当寺として、村の信仰を支えました。
もう一つの顔が、不動堂の不動明王です。寺に伝わる話では、平将門(たいらのまさかど)を討つ戦いで藤原秀郷(ふじわらのひでさと)が陣中に携えた像とされ、智證大師(ちしょうだいし)円珍が彫ったとも伝えられます。戦国時代には武将たちの間を渡り、延享4年(1747)に、多摩の三光院(さんこういん)からこの寺へ移されたといわれます。いずれも寺の伝承で、史料で確かめられたものではありません。
この不動尊は、成田山・高幡山と並ぶ「江戸近郷の三不動」のひとつとして多くの参詣者を集め、『江戸名所図会』にも紹介されました。寺の前の道は参道として栄え、今も「不動通り」と呼ばれます。
昭和20年(1945)の空襲で堂宇を失いましたが、薬師如来・不動明王・弘法大師の像は難を逃れ、戦後に再建されました。
見どころ・特徴
【幡ヶ谷不動尊(不動堂)】白い不動堂に、不動明王立像をまつります。江戸の人びとが「幡ヶ谷の不動様」と呼んで参った、寺のもう一つの顔です。
【本堂と薬師如来】本尊は薬師如来です。戦災をまぬがれた像と伝わります。
【大師堂(御府内八十八ヶ所 第11番)】弘法大師をまつる大師堂は、江戸の八十八ヶ所霊場の札所です。ほかの札所とあわせてめぐる人も訪れます。
【道しるべ(渋谷区指定有形文化財)】嘉永3年(1850)に建てられた石の道しるべです。幡ヶ谷の荘厳寺、十二社(じゅうにそう)の熊野神社などへの道のりが刻まれ、昔の旅人の道案内だった様子を伝えます。
【不動通り】寺の前から続く、昔ながらの参道です。商店街を歩いてお参りに向かう道のりも、この寺ならではの楽しみです。
作品ゆかり
『江戸名所図会』に、幡ヶ谷の不動として紹介されています。
学び・特徴
本尊
薬師如来不動明王
宗派・寺格
真言宗室生寺派。御府内八十八ヶ所霊場 第11番札所。
創建
永禄4年(1561)創建とされ、開山は宥悦。ただし、宥悦は天文2年(1533)に亡くなったとする資料もあり、創建年には食い違いがある。
テーマ
御府内八十八ヶ所霊場
この場所を巡る軸
めぐりコース
基本情報
住所
東京都渋谷区本町2-44-3
アクセス
京王新線「初台駅」から徒歩約6〜10分です。都営大江戸線「西新宿五丁目駅」からも徒歩約7分です。駅から不動通り商店街を通ってお参りできます。
駐車場の有無は確認できていません。お出かけ前に寺へ直接お問い合わせください。
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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