TabiShiri
寺 御朱印甲斐百八霊場第4番札所 山梨市

永昌院

えいしょういん

この寺について
曹洞宗(そうとうしゅう)の寺院です。武田信玄の曾祖父(ひいおじいさん)にあたる甲斐守護・武田信昌(たけだのぶまさ)が、みずからの菩提寺(ぼだいじ、死後の供養を行う寺)として永正元年(1504年)に開いたと伝わります。武田家ゆかりの文化財が数多く残る、静かな山あいの古刹です。

歴史・由来

永昌院を理解する鍵は、「武田家にとって特別な意味を持つ、当主自身が選んだ菩提寺」という成り立ちにあります。 寺伝によれば、もともとこの地には真言宗系の寺院があったとされ、平安時代末期の作と伝わる十一面観世音(じゅういちめんかんぜおん)の像が、その名残として今も伝わっています。文明年間(1469〜1486年)ごろ、甲斐守護・武田信昌(たけだのぶまさ、1447〜1505)が禅僧の一華文英(いっかぶんえい)を招き、曹洞宗の寺院として整えたのが今の永昌院の始まりと伝わります。 信昌は明応元年(1492年)に家督を長男の信縄(のぶつな)に譲って隠居し、永正元年(1504年)、この永昌院をみずからの菩提寺として正式に開きました。翌永正2年(1505年)、信昌は59歳で亡くなり、本堂裏手の開山堂に葬られました。信昌は武田信玄の曾祖父にあたる人物で、信昌―信縄―信虎(のぶとら)―信玄と続く系譜になります。 境内には、信昌の墓とされる五輪塔・宝篋印塔(ほうきょういんとう、山梨市指定史跡)のほか、南北朝時代の永和2年(1376年)に鋳造され、戦国の戦場にも使われたと伝わる銅鐘(山梨県指定有形文化財)、寛政3年(1791年)に建てられた経蔵(きょうぞう、山梨市指定有形文化財)に納められた1,344冊の一切経など、武田家と寺の歴史を伝える文化財が数多く残されています。

見どころ・特徴

【武田信昌の墓】 本堂裏手の開山堂には、武田信玄の曾祖父・武田信昌の墓とされる五輪塔と宝篋印塔が納められています。山梨市指定史跡です。 【銅鐘(どうしょう)】 永和2年(1376年)に鋳造された鐘で、もとは別の寺のために作られましたが、永正元年(1504年)に信昌の寄進で永昌院へ移されたと伝わります。一時は戦場に持ち出されて遠く離れた土地に流出したものの、江戸時代初めに永昌院へ返還されたという逸話も残ります。山梨県指定有形文化財です。 【十一面観世音(じゅういちめんかんぜおん)】 平安時代末期の作と伝わる一木造(いちぼくづくり)の像で、永昌院が真言宗の寺院だった時代の本尊と伝わります。山梨市指定有形文化財です。 【眺望】 高台に位置する境内からは甲府盆地を見渡すことができ、「関東富士見百景」にも選ばれています。
学び・特徴
本尊
釈迦如来(しゃかにょらい)
宗派・寺格
甲斐百八霊場第4番札所
創建
永正元年(1504年)、甲斐守護・武田信昌(武田信玄の曾祖父)が菩提寺として開いたと伝わる
基本情報
住所
山梨県山梨市矢坪1088
アクセス
中央自動車道「一宮御坂インターチェンジ」から車で約20分です。電車の場合はJR中央本線「山梨市駅」からタクシーで約10分、または「石和温泉駅」からタクシーで約15分です。駐車場は30台分ありますが、境内までは急な坂道があり、大型バスは入れません。
公式サイト
記念メダル

スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。

参拝記録

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