この寺について
歴史・由来
この寺を理解する鍵は、寺の名前そのものである「斑鳩(いかるが)」という地名の由来にある。社伝によれば、推古天皇14年(606)、聖徳太子(しょうとくたいし)が推古天皇にお経の講義をしたところ、天皇はそのほうびとして播磨国(はりまのくに:今の兵庫県南西部)の水田を太子に贈った。太子はこの地を、自分の宮があった大和国(やまとのくに:今の奈良県)の斑鳩にちなんで「鵤荘(いかるがのしょう)」と名づけ、寺を建てたと伝わる。
この地はその後、奈良の法隆寺(ほうりゅうじ)の荘園となり、長いあいだ法隆寺の暮らしを支えた。戦国時代の天文10年(1541)には戦乱で多くの建物を失ったが、弘治3年(1557)に講堂が、永禄8年(1565)には龍野城主・赤松政秀(あかまつまさひで)の発願で三重塔が建て直された。
はじめは法隆寺とつながりの深い寺だったが、のちに天台宗(てんだいしゅう)の寺へと改まった。
年中行事・お祭り
学び・特徴
本尊
薬師如来釈迦如来如意輪観音
宗派・寺格
天台宗・新西国三十三所第32番・西国薬師四十九霊場第23番
創建
推古天皇14年(606)、聖徳太子の創建と伝わる(社伝)
テーマ
重要文化財聖徳太子霊場・巡礼
この場所を巡る軸
めぐりコース
基本情報
住所
兵庫県揖保郡太子町鵤709
参拝時間
17時閉門。宝物館・聖徳殿の拝観と納経(御朱印)は10時から16時まで。
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
JR山陽本線「網干(あぼし)」駅からバスで約10分、「鵤(いかるが)」バス停下車、徒歩約7分。JR「姫路」駅からバスで約30分、同じく「鵤」下車。車の場合、山陽自動車道「龍野インターチェンジ」から約10分。無料駐車場あり(春会式の期間中は利用できません)。
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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