TabiShiri
神社 御朱印旧別格官幣社。 京都市北区

建勲神社

けんくんじんじゃ

この神社について
建勲神社(けんくんじんじゃ)は、京都市北区の船岡山にある神社です。正式な読みは「たけいさおじんじゃ」で、「けんくんさん」の愛称で親しまれています。織田信長を主祭神とし、嫡男の織田信忠を配祀(はいし)しています。 明治2年(1869)に、明治天皇が信長の功績をたたえて神社の創立を命じ、のちに船岡山に社地を賜りました。船岡山は、平安京をつくるときに都の北の基点となった小さな山で、境内からは東山三十六峰などを望むことができます。

歴史・由来

建勲神社を理解する鍵は、織田信長の功績をたたえるために明治天皇の宣下で創られ、信長の霊地とされてきた船岡山に祀られた、という成り立ちです。 明治2年(1869)、明治天皇が、織田信長の天下統一や朝廷の儀式の復興などの功績をたたえて、神社の創立を命じました(宣下)。明治3年(1870)には、「建勲(たけいさお)」の神号が授けられています。 明治8年(1875)には別格官幣社に列せられ、船岡山に社地を賜りました。別格官幣社は、国に特別な功労のあった人物を祀る神社に与えられた社格で、湊川神社(楠木正成)や豊國神社(豊臣秀吉)なども同じ社格でした。 明治13年(1880)に社殿が造営され、信長の嫡男・織田信忠が配祀されました。明治43年(1910)には、本殿などが山麓から山の上の現在地に移されました。 船岡山は、本能寺の変(天正10年、1582)のあと、豊臣秀吉が大徳寺で信長の法要を営み、山に寺を建てる計画を立てたことでも知られます。計画は立ち消えになりましたが、その後も信長の霊地として大切にされてきたとされます。

見どころ・特徴

【船岡山】 標高112メートルの小さな山で、平安京をつくるときに、都の北を守る「玄武」の山と定められたといわれます。応仁の乱(1467〜1477)では西軍の陣地となり、周辺が「西陣」と呼ばれるようになりました。昭和43年(1968)に国の史跡に指定されています。 【国の登録有形文化財の社殿】 山の上にある本殿、神門、拝殿、手水舎、社務所、貴賓館などの建物と、山のふもとの大鳥居が、国の登録有形文化財になっています。貴賓館からは、洛北から東山を望むことができます。 【三十六功臣の額】 拝殿には、織田信長に仕えた家臣の中から選ばれた「三十六功臣」のうち、十二人の額が掲げられています。毎年十二人ずつ入れ替わり、三年で一巡します。 【摂末社】 境内には、義照稲荷神社、船岡山の霊狐を祀る命婦元宮、玄武大神を祀る船岡妙見社があります。 【御朱印】 通常の御朱印のほか、刀剣をテーマにした特別御朱印なども授与されています。
年中行事・お祭り
【歳旦祭】例年1月1日。 【夏越大祓式・茅の輪神事】例年6月30日17時30分から。大鳥居前で行われ、参列者が茅の輪を三度くぐって、無病息災を祈ります。 【例祭】例年7月1日10時から。本能寺の変が起きた天正10年6月2日を、新暦に換算した日に行われます。 【船岡大祭】例年10月19日11時から。仕舞『敦盛』や舞楽が奉納され、年によって宝物の展示や火縄銃の演武の奉納も行われます。 【御火焚祭】例年11月23日11時から。奉納された火焚串を焚き上げ、無病息災や火難除けを祈ります。 開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式サイトでご確認ください。

※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。

学び・特徴
社格
旧別格官幣社。
創建
明治2年(1869)に、明治天皇の宣下により創立された。明治8年(1875)に別格官幣社に列せられ、明治13年(1880)に社殿が造営された。
この場所を巡る軸
基本情報
住所
京都府京都市北区紫野北舟岡町49
参拝時間
境内は自由に参拝できるとされます。社務所・授与所の受付は9時から17時で、祭典やご祈祷のときは対応できないことがあります。時間は変更される場合があるため、お出かけ前に公式サイトでご確認ください。

⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。

アクセス
京都市営バス「建勲神社前」バス停から徒歩約9分。最寄りの地下鉄駅は烏丸線「北大路駅」です。駐車場はないため、近隣のコインパーキングを利用します。
記念メダル

スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。

参拝記録

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