TabiShiri
神社 御朱印 西蒲原郡弥彦村

彌彦神社

やひこじんじゃ

この神社について
越後国一宮。延喜式の名神大社で、社伝では紀元前に遡る古社。伊夜日子大神(天香山命)を祀り、「おやひこさま」の名で親しまれる。弥彦山の麓に鎮座し、山頂には御神廟(奥宮)がある。

歴史・由来

彌彦神社を理解する鍵は、祭神が葬られたと伝わる弥彦山を仰ぎ、紀元前に遡るとされる古い時代から越後の人々が祈りを重ねてきたことにある。 祭神は伊夜日子大神、すなわち天香山命(あめのかぐやまのみこと)。天照大神の曾孫にあたる神とされ、越の国を開拓し、人々に塩づくりや漁、稲作などの基礎を教えたと伝わる。社伝によれば、天香山命は第6代孝安天皇元年(紀元前392年)2月2日に開拓の神業を終えて神去り、弥彦山に葬られた。御子の天五田根命(あめのいつたねのみこと)が廟社を築いて祀ったのが、神社の始まりとされる。例祭が2月2日に営まれるのは、この日にちなむ。 古代には、崇神天皇の御代に建諸隅命(たけもろずみのみこと)が勅を受けて社殿を造営し、和銅4年(711)には勅により神域が拡張された。延喜5年(905)に編まれた『延喜式』では、越後国で唯一の名神大社に挙げられる。奈良時代の『万葉集』巻十六にも、「いやひこ おのれ神さび 青雲の…」と神々しさを詠んだ歌が二首収められている。 中世以降も崇敬は続いた。源頼朝は神領三千貫を寄進し、後醍醐天皇は「正宮位大明神」の勅額を奉納した。上杉家は三千二百石余の神領を寄進し、徳川家康以降は五百石の朱印地が安堵された。明治4年(1871)には国幣中社に列格し、明治11年(1878)には明治天皇の御親拝があった。 明治45年(1912)、門前町の大火で社殿が焼失した。伊東忠太(いとうちゅうた)の設計により、大正5年(1916)に現在の社殿が再建されている。

見どころ・特徴

【御本殿・拝殿】 大正5年(1916)に再建された社殿で、本殿は三間社流造(さんげんしゃながれづくり)向拝付、拝殿は入母屋造向拝付。設計は建築家の伊東忠太。平成13年(2001)には85年ぶりに本殿の屋根葺替えが行われた。 【境内の自然と建築】 境内は老杉や古欅に覆われている。随神門、鼓楼、万葉の道なども見どころ。1982年には「日本一の大鳥居」が奉建された。 【摂社・末社】 火宮神社(迦具都知大神)、草薙神社(天戸国命)、武呉神社(天五田根命)など、多くの末社が境内に並ぶ。 【弥彦山と御神廟(奥宮)】 標高634メートルの弥彦山は、越後平野にそびえ、最初に朝日に照らされる山。山頂には、祭神の伊夜日子大神と妃神の妻戸大神の御神廟が鎮座する。八合目付近まではロープウェイが通じており、徒歩で登る道もある。 【年間の参拝者】 年間約140万人が訪れる、新潟県を代表する神社。
年中行事・お祭り
【例祭/2月2日】祭神が神去った日にちなむ、年間でもっとも重要な祭祀。 【妻戸大神例祭/4月18日】祭神の妃神・妻戸大神を祀る祭り。 【湯かけまつり/4月第2日曜日】 【茅の輪まつり/6月25日〜30日】 【燈籠神事(弥彦燈籠まつり)/7月25日】日本三大燈籠祭りのひとつとされる。 【弥彦菊まつり/11月1日〜24日】昭和3年(1928)に有志による菊花陳列会として始まり、現在は約1,500鉢が審査される展覧会として開かれる。 【初詣/1月1日〜3日】25万人以上が参拝する。 ※開催日時・内容は年によって変更される場合があります。お出かけ前に公式サイト等で最新情報をご確認ください。

※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。

学び・特徴
主祭神
天香山命
社格
越後国一宮。延喜式の名神大社。旧社格は国幣中社(明治4年/1871年列格)。別表神社。
創建
社伝では、孝安天皇元年(紀元前392年)に天香山命が神去り、御子の天五田根命が廟社を築いたのが始まりとされる。
ご利益
縁結び五穀豊穣厄除け家内安全
テーマ
桜紅葉パワースポット巨木・御神木
基本情報
住所
新潟県西蒲原郡弥彦村弥彦2887-2
アクセス
JR弥彦線「弥彦」駅から徒歩約15分。北陸自動車道「三条燕」ICから車で約25分。神社脇や村営の駐車場がある。
記念メダル

スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。

参拝記録

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