この神社について
長崎市坂本にある神社で、「浦上皇大神宮(うらかみこうたいじんぐう)」「山王日吉神社(さんのうひよしじんじゃ)」とも呼ばれます。昭和20年(1945年)8月9日の原子爆弾で大きな被害を受けました。爆風で半分を失いながら今も立ち続ける「一本柱鳥居」と、焼けこげながら再び葉を茂らせた2本の大クスノキが、被爆の記憶を今に伝えています。
歴史・由来
この神社を理解する鍵は、「江戸時代に浦上の地に迎えられた山王さまが、原爆の被害を乗り越えて今も続いている」という点にあります。
【創建】神社の由緒によると、寛永(かんえい)15年(1638年)、長崎代官の末次平蔵茂房(すえつぐへいぞうしげふさ)が、近江(おうみ、今の滋賀県)の比叡山から山王の神さまを迎えて祀ったのが始まりです。
【浦上皇大神宮と一つに】明治元年(1868年)、この地に浦上皇大神宮が創立されました。山王社は明治16年(1883年)から翌年にかけて皇大神宮に合わさり、今の神社になっています。明治時代には県社(けんしゃ)という社格に列せられました。
【原爆の被害】昭和20年(1945年)8月9日午前11時2分、爆心地から約800mのところにあった神社は、建物がすべて倒れる大きな被害を受けました。4基あった鳥居も、一の鳥居と二の鳥居を残して倒れています。
【復興】昭和25年(1950年)に正殿が建て直され、その後少しずつ境内が整えられていきました。
見どころ・特徴
【一本柱鳥居(二の鳥居)】原爆の爆風で、爆心地の側の半分が吹き飛ばされました。残った笠石(かさいし、鳥居のいちばん上の横木)は12度ほどねじれたまま、片側の柱だけでバランスを保って立ち続けています。
【被爆クスノキ】樹齢5〜600年と伝えられる2本の大クスノキです。原爆の熱で焼けこげましたが、のちに再び芽を吹き、今は大きく枝を広げています。長崎市の天然記念物に指定されています。
【三の鳥居の柱】倒れた三の鳥居の柱の一部は、「坂本町民原子爆弾殉難之碑(さかもとちょうみんげんしばくだんじゅんなんのひ)」として残されています。
年中行事・お祭り
【例祭】10月17日
浦上くんちが奉納されます。
開催日・開催の有無・時間は変わることがあります。お出かけ前に必ず神社に確かめてください。
※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。
学び・特徴
主祭神
天照大御神豊受比売神大山咋神
社格
旧県社/境内の大クスは長崎市指定天然記念物
創建
寛永15年(1638年)、長崎代官・末次平蔵茂房が比叡山から勧請した。明治16年から17年に浦上皇大神宮と合わさる。
ご利益
厄除け家内安全健康・病気平癒
テーマ
巨木・御神木
基本情報
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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