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神社 御朱印 大分市

春日神社

かすがじんじゃ

別名:勢家春日神社

この神社について
大分市の中心部に位置する古社。奈良の春日大社より勧請され、武甕槌命ほか四柱の神を祀る。大分市内の産土神として広く崇敬される。

歴史・由来

春日神社を理解する鍵は、「春日大社の分霊を祀る、大分市中心部の古社」という成り立ちにある。 【創建をめぐる諸説】創建には複数の伝承がある。社伝では貞観2年(860年)に国司・藤原朝臣世数(ふじわらのあそんよかず)が奈良の春日大社の四所大神を勧請したとされる一方、『春日神社略記』には天平年間(729から749年)に市川某という人物が奈良の三笠山(みかさやま)から勧請したとも記されており、天長年間(824から834年)創建とする説もある。どの説が史実に近いかは確定していない。 【大友氏の時代】建久7年(1196年)、豊後国(現在の大分県)を治めた大友能直(おおともよしなお)が社殿を再興したと伝わる。仁治3年(1242年)には大友親秀(おおともちかひで)が社殿を修復し、社領80貫を寄進した。 【戦国時代の焼失と再興】天正12年(1584年)ごろ、島津軍が豊後へ侵攻した際の兵火で社殿が焼失したと伝わる(資料によって天正14年や15年とする記述もあり、確定した年ではない)。江戸時代に入ると、慶長8年(1603年)に初代府内藩主・竹中重利(たけなかしげとし)が社殿を再興し、慶長12年(1607年)には暴風雨ののちの祈念として松10万本を植樹したと伝わる。 【近代から現代へ】明治4年(1871年)に郷社(ごうしゃ)に列せられ、大正6年(1917年)には県社(けんしゃ)に昇格した。昭和20年(1945年)7月17日の大分空襲で社殿はふたたび焼失したが、昭和42年(1967年)に戦災復興事業として再建され、現在に至る。現在は神社本庁の別表神社(べっぴょうじんじゃ)に指定されている。

見どころ・特徴

【憩いの杜】境内は約8000坪あり、参道の左右にそびえる大きなクスノキが「緑あふれる憩いの杜」として親しまれている。このクスノキ林は「春日神社の森」として、昭和49年(1974年)に大分県の特別保護樹林に指定されている。 【潮掻き神事】10月19日の秋季大祭で行われる神事で、海上安全や大漁を願うお祓いの行事。大神輿が春日浦(かすがうら)のお旅所まで渡御する、地域でも知られた祭りである。 【訪ねかた】大分市の中心部にあり、JR大分駅から徒歩や車、バスのいずれでも訪れやすい。大友氏・島津氏・竹中氏といった豊後の歴史に関わる人物の足跡をたどりながら参拝すると、より味わい深い。
年中行事・お祭り
【例祭】4月13日(前日12日は宵祭) 春日神社でもっとも重要な祭典。 【夏季大祭】7月18日・19日 19日には神輿巡行が行われる。 【秋季大祭・潮掻き神事】10月18日・19日 19日には、海上安全や大漁を願う潮掻き神事とともに、大神輿が春日浦のお旅所へ渡御する。 【夏越大祓式(なごしのおおはらえしき)・茅の輪神事(ちのわしんじ)】6月30日 半年間の罪やけがれを祓う神事。 開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式サイトでご確認ください。

※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。

学び・特徴
主祭神
武甕槌命(たけみかづちのみこと)経津主命(ふつぬしのみこと)天児屋根命(あめのこやねのみこと)姫大神(ひめのおおかみ)
社格
明治4年(1871年)に郷社に列格し、大正6年(1917年)に県社に昇格した。現在は神社本庁の別表神社。
創建
社伝では貞観2年(860年)。天平年間(729から749年)創建とする説、天長年間(824から834年)創建とする説もあり、確定していない。
ご利益
学業・合格勝負運縁結び厄除け
テーマ
パワースポット
基本情報
住所
大分県大分市勢家町4-6-87
参拝時間
境内は自由に参拝できる。社務所の受付時間はおおむね9時30分から17時まで。

⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。

アクセス
JR「大分駅」から徒歩約15分。バスの場合は大分駅前7番乗り場から「県立図書館行き」に乗車し、「春日神社前」で下車してすぐ。車の場合はJR大分駅から約10分。
記念メダル

スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。

参拝記録

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