この神社について
琉球国一之宮。断崖絶壁の上に鎮座し、那覇の海を見下ろす絶景が広がる。琉球八社の中で最も格式が高く、波・風・海の神として渡海安全・縁結びのご利益がある。
歴史・由来
波上宮を理解する鍵は、琉球古来の石体信仰と、本土から伝わった熊野信仰が結びついて生まれた神社だという点にある。
創建年は不詳だが、次のような伝承が伝わる。14世紀末頃、中山王・察度王(さっとおう)の王子で、廃嫡された(王位継承権を失った)崎山里主(さきやまりぬし)という人物が、那覇の海辺で光り、ものを言う霊石を見つけた。この石に祈ると豊漁が得られたが、諸神がこの石を奪おうとしたため、里主は波上の崖へ逃れた。そこで「吾は熊野権現也、この地に社を建て祀れ、然らば国家を鎮護すべし」という神託を受け、これを王府に奏上して社殿が創建されたという。別当寺であった護国寺は、貞治7年(1368)の開山と伝わる。
その後、大永2年(1522)に真言宗の僧・日秀上人(にっしゅうしょうにん)が本地仏を納めて再興し、寛永10年(1633)に社殿が焼失、寛永12年(1635)に再建。さらに寛永18年(1641)、琉球王・尚豊王(しょうほうおう)によって造営された。
琉球王国時代は「琉球八社」の筆頭として、王府から最も高い崇敬を受ける官社だった。明治12年(1879)の琉球処分により琉球王国が消滅した後、沖縄県の総鎮守として整備され、明治23年(1890)1月29日、近代社格制度で「官幣小社」に列せられた。昭和23年(1948)には別表神社に指定されている。
太平洋戦争末期の沖縄戦では、戦火が迫る中、宮司が御神体を奉じて摩文仁村へ避難。境内は鳥居を残してすべて灰燼に帰した。戦後の昭和27年(1952)から復興が始まり、翌昭和28年(1953)、ハワイ移民の寄進により本殿と社務所が再建された。
見どころ・特徴
ゆいレール「県庁前」駅または「旭橋」駅から徒歩約15分。那覇港を見下ろす崖の上に鎮座する。
崖の下は那覇唯一の天然の白砂のビーチ「波の上ビーチ」。神社の階段から見下ろす青い海は、まさに「波の上の宮」の名にふさわしい絶景。
社殿は近代の再建で、本土の権現造を踏襲した造り。
毎年5月中旬の「なんみん祭」(例大祭)は、おみこし行列(神幸祭)や琉球舞踊の奉納、沖縄角力大会など、琉球文化と神社祭礼が融合した独特の祭りで、沖縄県内最大級の参拝者を集める。
参拝後は、那覇市内の国際通り、首里城、波の上ビーチと組み合わせて、沖縄の都市と伝統を堪能できる。
【訪ねかた】
一ノ鳥居の先に20台分の無料駐車場があるが、祭礼や初詣の時期は混み合うため、ゆいレールなど公共交通機関の利用もおすすめ。
年中行事・お祭り
【なんみん祭(例大祭)】毎年5月中旬
前夜祭(宵宮祭)に続き、2日間にわたって行われる波上宮最大の祭り。おみこし行列「神幸祭」が波上宮から市内の広場まで練り歩き、琉球舞踊や稚児神楽、沖縄角力大会、ビーチ綱引きなど、琉球文化と神社祭礼が一体となった催しが並ぶ。
【初詣】毎年1月
沖縄県内最大級の参拝者を集める。
開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式サイトでご確認ください。
※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。
学び・特徴
主祭神
伊弉冉尊(いざなみのみこと)速玉男尊(はやたまをのみこと)事解男尊(ことさかをのみこと)
社格
琉球国一之宮・県社(別表神社)
創建
創建年は不詳。崎山里主(察度王の王子、14世紀末頃)が霊石を発見し、熊野権現の神託を受けたという伝承に基づく。別当寺・護国寺の開山は貞治7年(1368)と伝わる。
ご利益
海上安全縁結び厄除け家内安全
テーマ
海・湖畔パワースポット夜景・眺望
基本情報
住所
沖縄県那覇市若狭1-25-11
参拝時間
境内は常時参拝可能。御朱印・御祈祷の受付は9時から17時まで。
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
ゆいレール「旭橋駅」より徒歩約15分、または那覇バスターミナルよりバスで約5分。一ノ鳥居先に20台分の無料駐車場あり。
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
記録を確認中...