この神社について
琉球八社の一つ。首里の北方、末吉公園内の丘陵に鎮座する。
熊野権現(くまのごんげん、熊野三神)をまつり、琉球王国時代には王府の官社として国王の参詣があった。
境内の跡は国の史跡に指定されている。
歴史・由来
末吉宮を理解する鍵は、「琉球王国が自ら守り立てた、熊野信仰の社」という点にある。
創建は、尚泰久王(しょうたいきゅうおう)の代の景泰年間(1450〜57年)と伝わる。天界寺(てんかいじ)の鶴翁和尚(かくおうおしょう)が熊野権現を勧請(かんじょう、神を分けてまつること)したとされ、1456年ごろの創建とされることが多い。隣には、同じ時期に真言宗の万寿寺(まんじゅじ)も建てられた。
神と仏が混ざり合う「神仏習合(しんぶつしゅうごう)」の信仰のかたちを、よく伝える遺跡とされる。
琉球八社の一つとして王府に手厚く扱われ、寛永21年(1644)からは、国王が年3回(1月・5月・9月)参詣した。王府から職員の給与や修繕費も支給されたという。
明治の琉球処分のあと、経済的な理由などから格が下げられ、無格社になったとされる。
戦前には旧国宝に指定されたが、沖縄戦の砲撃で本殿は破壊され、礎石と柱2本、虹梁(こうりょう)だけが残った。
昭和46年(1971)に参道の磴道(とうどう)が修理され、昭和47年(1972)の本土復帰の日、5月15日に「末吉宮跡」が国の史跡に指定された。同じ年に、残った部材をもとに本殿が復元された。
見どころ・特徴
【磴道(沖縄県指定有形文化財)】
琉球石灰岩を積んだ石段の参道で、途中にアーチ型の石組みのトンネルがある。創建のころ、1456年ごろに築かれたと考えられている。
【朱塗りの本殿】
三間社流造(さんげんしゃながれづくり)・本瓦葺の琉球神社建築。昭和47年(1972)に復元された。
【国指定史跡・末吉宮跡】
神仏習合の信仰のかたちを伝える遺跡として、昭和47年(1972)に国の史跡に指定された。
【山麓の拝所】
山のふもとには「イベ」と呼ばれる拝所(うがんじゅ)が点在し、古くからの信仰の場になっている。
【眺め】
丘陵の上からは、那覇市街や東シナ海の方向を見渡せる。
【末吉公園】
境内を囲む末吉公園は、約18.76ヘクタールの広さ。園内には亀甲墓(かめのこうばか)も残る。
【訪ねかた】
参道は石段や山道が続くため、歩きやすい靴で。足元や、ハブなどの生き物にも注意を。日没後の参拝は避けるよう案内されている。
年中行事・お祭り
【例祭】毎年11月23日。
開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式情報でご確認ください。
※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。
学び・特徴
主祭神
伊弉册尊速玉男尊事解男尊
社格
琉球八社の一つ(琉球王国時代の官社)。近代は無格社とされる。国指定史跡「末吉宮跡」(昭和47年/1972年5月15日指定)。末吉宮磴道は沖縄県指定有形文化財。
創建
伝 景泰年間(1450〜57年)、尚泰久王の代に、天界寺の鶴翁和尚が熊野権現を勧請したと伝わる。創建は1456年ごろとされる。
基本情報
住所
沖縄県那覇市首里末吉町1-8
参拝時間
末吉宮自体の公式な参拝時間は確認できていません。境内のある末吉公園は、9時から21時まで開園しています。
御朱印は境内では授与しておらず、波上宮の社務所で授与されています。授与時間は、波上宮へ直接お問い合わせください。
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
ゆいレール「儀保」駅から徒歩約20分(大名入口側の参道経由)。
「市立病院前」駅から末吉公園までは徒歩約6分。公園から山道を登る道もあるが、大名入口側の参道のほうが近い。
車の場合は、那覇空港から約20〜30分。末吉公園の無料駐車場(約30台)が利用できる。
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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