この寺について
市川市中山にある日蓮宗(にちれんしゅう)の大本山。正式には正中山(しょうちゅうざん)法華経寺といいます。鎌倉時代、日蓮聖人(にちれんしょうにん)を迎えた信者の屋敷から始まった寺で、日蓮の直筆『立正安国論(りっしょうあんこくろん)』『観心本尊抄(かんじんのほんぞんしょう)』の2点を国宝として伝えます。境内には五重塔や祖師堂など、国の重要文化財の建物が5つあります。毎年冬に僧侶たちが100日間こもる「大荒行(だいあらぎょう)」の寺としても知られています。
歴史・由来
中山法華経寺を理解する鍵は、日蓮聖人を支えた2人の信者の「屋敷」から寺が育ったことにあります。
【日蓮を迎えた屋敷】
文応(ぶんおう)元年(1260年)、鎌倉の松葉ヶ谷(まつばがやつ)で草庵を焼き討ちされた日蓮聖人を、下総(しもうさ)の若宮の領主・富木常忍(ときじょうにん)と、中山の領主・太田乗明(おおたじょうみょう)が迎え入れました。これが法華経寺の始まりとされます。日蓮が亡くなった弘安(こうあん)5年(1282年)、富木常忍は出家して日常(にちじょう)と名乗り、屋敷の持仏堂を「法華寺」としました。一方、太田乗明の屋敷には「本妙寺」が開かれます。
【二つの寺が一つに】
室町時代、若宮の法華寺と中山の本妙寺は合併し、今の正中山法華経寺となりました。日蓮の教えを受け継ぐ「中山門流」の中心として栄え、日蓮が書き残した文書を数多く守り伝えてきました。
【江戸時代の伽藍】
江戸時代になると堂塔が整えられます。元和(げんな)8年(1622年)には、本阿弥光室(ほんあみこうしつ)が加賀藩の援助を受けて五重塔を建てました。延宝(えんぽう)6年(1678年)には、二つの屋根を並べた珍しい形の祖師堂が上棟しています。こうした建物の多くが、今は国の重要文化財に指定されています。
【受け継がれる修行】
今も毎年11月1日から翌年2月10日までの100日間、全国から集まった僧侶たちが荒行堂にこもり、厳しい修行を積んでいます。日蓮ゆかりの地として、法華経寺は今も生きた修行の場です。
見どころ・特徴
【国宝の日蓮直筆】
日蓮の直筆『立正安国論』と『観心本尊抄』は、どちらも国宝です。寺は日蓮にゆかりの深い宝物を数多く伝えており、市川市の指定文化財のおよそ4分の1がこの寺にあります。
【比翼入母屋造の祖師堂】
延宝6年(1678年)上棟の祖師堂は、二つの入母屋(いりもや)屋根を横に並べた「比翼入母屋造(ひよくいりもやづくり)」という珍しい形の建物です。この造りは、ほかには岡山県の吉備津神社(きびつじんじゃ)本殿(国宝)でしか見られません。昭和62年から10年をかけた解体修理で、建てられた当時の姿に戻されました。国の重要文化財です。
【五重塔】
元和8年(1622年)、本阿弥光室が父母の供養のため、加賀藩の援助を受けて建てた高さ約30メートルの塔です。国の重要文化財です。
【法華堂・四足門・黒門】
法華堂、四足門(よつあしもん)、黒門も国の重要文化財で、境内のあちこちで古い建物に出会えます。
【中山の鬼子母神】
「中山の鬼子母神(きしもじん)」は、法華経を信じる人を守る神さまとして広く信仰されてきました。
年中行事・お祭り
【大荒行】例年11月1日から翌年2月10日まで
全国から集まった僧侶が100日間、荒行堂にこもって修行します。期間中は、檀信徒の御祈祷も行われます。
【成満会(じょうまんえ)】例年2月10日
100日間の荒行を終えた僧侶たちが堂を出て、修行の成就を報告します。
開催日・開催有無・時間は変更される場合があります。お出かけ前に必ず公式サイトでご確認ください。
※ 開催日・開催有無は必ず公式サイトでご確認ください。
学び・特徴
本尊
釈迦牟尼仏
宗派・寺格
日蓮宗大本山
創建
文応元年(1260年)、富木常忍・太田乗明が日蓮聖人を迎えたことに始まる
ご利益
厄除け
テーマ
重要文化財
この場所を巡る軸
めぐりコース
基本情報
住所
千葉県市川市中山2-10-1
参拝時間
境内の参拝時間や、各堂・宝物の公開については、公式サイトでご確認いただくか、寺へ直接お問い合わせください。
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
【電車】JR総武線 下総中山駅から徒歩約10分、京成本線 京成中山駅から徒歩約5分
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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