この寺について
浄土宗の寺院で、山号は光明山(こうみょうさん)、院号は無量院(むりょういん)。弘前藩を開いた津軽為信(つがるためのぶ)が母の菩提を弔うために開いた寺で、境内の山門は国指定重要文化財。弘前さくらまつりの期間中は花見の名所ともなる。
歴史・由来
誓願寺を理解する鍵は、この寺が津軽家の始まりと深く結びついている、という点にある。
慶長元年(1596)、弘前藩の初代藩主・津軽為信が、母の菩提を弔うために大光寺村(だいこうじむら、現在の平川市)に開いたのが始まりとされる。元和元年(1615)、2代藩主・津軽信枚(つがるのぶひら)によって弘前城下の現在地へ移された。
境内には、津軽家の軍師として知られた沼田祐光(ぬまたすけみつ、面松斎〈めんしょうさい〉)の墓がある。沼田祐光は上野国(こうずけのくに、現在の群馬県)の生まれで、津軽に流れ着いて為信に仕え、天文・占術にも通じていたと伝わる。弘前城と城下町の地を風水的に選び定めたのが祐光とされ、「弘前の生みの親」とも言われる人物である。慶長18年(1613)に没した後、信枚によってこの寺に祀られ、大名にのみ許されていたという法号「清光院殿面松斎大居士」を贈られた。
たび重なる火災で多くの堂宇を失ったが、山門だけは焼失を免れて今に残る。現在の境内の建物は、明治以降に再建されたものが中心である。
見どころ・特徴
【山門(鶴亀門)】
国指定重要文化財。四脚門で、上下二重になった屋根を持つ珍しい構造は東北でも類例が少ないという。懸魚(けぎょ)が鶴と亀の形につくられていることから「鶴亀門」と呼ばれ、上層の壁には十二支の動物が描かれている。江戸時代中期の建立と推定されるが、室町時代の技法も見られ、もとは大光寺にあった建物を移築したという伝承もある。
【沼田祐光(面松斎)の墓】
津軽家の軍師として知られ、弘前城と城下町の地を選んだとされる人物の墓。
【訪ねかた】
山門は内部には入れず外からの見学になるが、拝観は無料でいつでも見ることができる。桜の時期に合わせて訪れると、城下町らしい雰囲気を一緒に楽しめる。
学び・特徴
本尊
阿弥陀如来
宗派・寺格
浄土宗
創建
慶長元年(1596)、津軽為信が母の菩提を弔うために大光寺村(現・平川市)に創建。元和元年(1615)、津軽信枚により現在地の弘前へ移された。
ご利益
厄除け家内安全学業・合格
テーマ
桜
基本情報
住所
青森県弘前市新町247
参拝時間
山門の拝観時間は、夏期が9時から15時30分まで、冬期が9時から15時まで。
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
JR弘前駅から岩木方面行きバスで約20分、「工業高校前」下車徒歩約10分。
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
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