この寺について
久保田藩(くぼたはん、秋田藩)主・佐竹家の菩提寺(ぼだいじ、先祖の霊をとむらうお寺)として知られる曹洞宗(そうとうしゅう)の古いお寺です。山号は萬固山、本尊は聖観音(しょうかんのん)です。
もとは常陸国(ひたちのくに、いまの茨城県)で創建されたと伝わり、佐竹家が秋田へ国替え(転封)になったのに従って移りました。現在地に落ち着いたのは1625年です。本堂、書院、山門、総門、佐竹家霊屋の5件が、国の重要文化財に指定されています。
歴史・由来
天徳寺を理解する鍵は、「佐竹家(さたけけ)とともに土地を移り続けたお寺」という点にあります。
寺に伝わる話では、寛正3年(1462)、常陸国の太田(いまの茨城県常陸太田市)で、佐竹家の当主・佐竹義人(義憲とも)が、夫人を弔うために建てたとされます。
その後、寺は水戸を経て、佐竹家の動きに合わせて移っていきました。1602年、佐竹家は常陸から出羽国(でわのくに)の秋田へ国替えとなります。天徳寺もこれに従い、まず秋田市の楢山(ならやま)に建てられました。
ところが寛永元年(1624)12月、火事で総門を残して焼けてしまいます。翌1625年5月、現在の泉の地に再建されました。
以後、天徳寺は藩主家の先祖の霊をまつる菩提寺として、佐竹家の墓所を守ってきました。藩内の曹洞宗寺院をまとめる僧録(そうろく)寺院の役目も担ったとされます。
いまの建物は、本堂が1687年、山門が1709年、書院が1806年、霊屋が1672年の建築です。火事を免れた総門は、桃山時代(1596年から1614年ごろ)の建築とされ、境内で最も古い建物です。
国の解説では、これらの建物に、常陸地方の中世の寺社建築の特徴が受け継がれていると紹介されています。国替えで土地を移りながらも、佐竹家が故郷・常陸の建築の姿を伝えてきたことがうかがえます。
見どころ・特徴
【茅葺の大きな本堂】
本堂は1687年の建立で、屋根は茅葺(かやぶき)の入母屋造(いりもやづくり)です。建物の横幅は約30メートル近くあります。
部屋が八つ並び、土間(どま)がある造りで、国の解説では曹洞宗の本堂の典型例とされています。
【佐竹家霊屋】
本堂の西側にあり、秋田藩主佐竹家の墓所となっている建物です。1672年の建築で、内も外も要所に彫刻が施され、漆や極彩色(ごくさいしき)で飾られています。
国の解説では、近世の霊廟(れいびょう)建築の豪華な例で、大名家の菩提所の姿をよく伝えると紹介されています。
【山門と総門】
山門は1709年の建築で、二階建ての楼門(ろうもん)です。仁王像が門を守っています。
総門は四脚門(しきゃくもん)という形式の門で、境内で最も古い建物とされます。どちらも、蟇股(かえるまた)や木鼻(きばな)といった細かい部分に、常陸地方の中世の寺社建築の特徴が見られます。
【書院の上段の間】
書院は1806年の建築です。藩主が墓参りをしたときの休憩に使われたと伝わる、上段の間があります。
学び・特徴
本尊
聖観音菩薩
宗派・寺格
曹洞宗・佐竹家(久保田藩主)の菩提寺・本堂、書院、山門、総門、佐竹家霊屋の5件が国の重要文化財(1990年指定)
創建
寛正3年(1462)に常陸国で創建と伝わる。1625年に現在地へ移転
ご利益
厄除け家内安全出世・仕事
テーマ
パワースポット紅葉
基本情報
住所
秋田県秋田市泉字三嶽根10-1
参拝時間
9:00〜15:30
⚠️ 情報が古い場合があります。最新の受付時間は公式サイト等でご確認ください。
アクセス
JR秋田駅から車で約15分。路線バスは「天徳寺前」で下車し、徒歩約3分とされています。バスの路線や時刻は変更される場合があります。お出かけ前にご確認ください。
記念メダル
スポットの近く(200m 以内)で位置情報を有効にしてチェックインすると獲得できます。
参拝記録
記録を確認中...