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山梨県の城

御城印あり

4 件

武田氏館

城

たけだしやかた

甲府市

「躑躅ヶ崎館(つつじがさきやかた)」とも呼ばれる、戦国大名・武田氏の本拠の跡です。永正16年(1519)に武田信虎(のぶとら)が築き、信玄(しんげん)・勝頼(かつより)の3代にわたって甲斐の政治の中心となりました。国の史跡で、日本100名城にも選ばれています。館の中心部は大正8年(1919)に武田神社となり、周りには堀や土塁、曲輪(くるわ)の跡が残っています。

甲府城

城

こうふじょう

甲府市

山梨県で唯一の平山城(ひらやまじろ)で、いまは「舞鶴城公園(まいづるじょうこうえん)」として開放されています。武田氏が滅んだあと、徳川家康が築城に着手し、豊臣政権のもとで浅野長政(あさのながまさ)・幸長(よしなが)父子が完成させたといわれます。天守があったことを示す史料は見つかっておらず、天守台と築城期の石垣が残ります。稲荷櫓(いなりやぐら)や鉄門(くろがねもん)などが復元され、国の史跡、日本100名城になっています。

新府城

城

しんぷじょう

韮崎市

御城印

武田勝頼が天正9年(1581)、本拠を躑躅ヶ崎館(つつじがさきかん、武田氏館)から新府に移すために築城した城。真田昌幸(さなだまさゆき)が作事奉行(さくじぶぎょう、工事の責任者)を務めたとされる。だが完成から1年と経たず、天正10年(1582)に織田・徳川連合軍の侵攻を受け、勝頼は自ら城に火を放って退去し、武田氏は滅亡した。続日本100名城の一つ。

要害山城

城

ようがいさんじょう

甲府市

武田信玄誕生の地。永正17年(1520)、武田信虎(信玄の父)が躑躅ヶ崎館( 武田氏館既登録)の詰めの城として築城。大永元年(1521)、信玄はここで生まれたとされる。続日本100名城#128。