山口県の城
4 件
岩国城
城いわくにじょう
岩国市
御城印関ヶ原の戦いのあと岩国の領主となった吉川広家(きっかわひろいえ)が、慶長13年(1608)に完成させた山城です。錦川(にしきがわ)のほとりにそびえる城山(しろやま)の山頂に築かれましたが、慶長20年(元和元年・1615)の一国一城令(いっこくいちじょうれい)で取り壊され、わずか7年で姿を消しました。いまの天守は昭和37年(1962)に建てられた復興天守で、日本100名城(74番)に選ばれています。
萩城
城はぎじょう
萩市
日本海に突き出た指月山(しづきやま)のふもとに、毛利輝元(もうりてるもと)が慶長(けいちょう)9年(1604年)から築いた城です。別名は指月城。江戸時代を通じて長州藩・毛利家の居城となり、幕末に多くの志士を生んだ城下町・萩の中心でした。天守は明治時代に解体されましたが、石垣や堀がよく残り、今は萩城跡指月公園として整えられています。日本100名城(75番)。
大内氏館
城おおうちしやかた
山口市
室町時代から戦国時代にかけて、西日本の有力な大名だった大内氏(おおうちし)が住んだ館の跡です。いまは龍福寺(りゅうふくじ)の境内になっていて、発掘調査をもとに西門や庭園が復元されています。背後の山にある詰めの城・高嶺城(こうのみねじょう)とあわせて「大内氏館・高嶺城」として続日本100名城(第174番)に選ばれ、国の史跡にもなっています。
高嶺城
城こうのみねじょう
山口市
山口市街の北西にそびえる鴻ノ峰(こうのみね、標高338メートル)の山頂にある山城の跡です。大内氏最後の当主・大内義長(おおうちよしなが)が毛利氏の攻撃に備えて築きはじめ、大内氏が滅んだ後は毛利氏が完成させて山口支配の拠点にしました。国の史跡「大内氏遺跡」の一部で、ふもとの大内氏館とあわせて続日本100名城(第174番)に選ばれています。