群馬県の城
5 件
金山城
城かなやまじょう
太田市
御城印金山城(かなやまじょう)は、群馬県太田市の金山(標高239メートル)にある、戦国時代の山城(やまじょう)です。国の史跡で、日本100名城の17番にも選ばれています。 石垣や石敷きを多く使った城で、関東の山城には本格的な石垣はないとされていた従来の考えを、発掘調査が覆したことで知られます。正面の出入口である大手虎口(おおてこぐち)の石垣群が見どころです。
箕輪城
城みのわじょう
高崎市
御城印群馬県高崎市の箕郷町(みさとまち)にある戦国時代の城の跡です。およそ500年前に長野氏が築き、長野業政(ながのなりまさ)の時代には武田信玄の攻撃を何度もはね返したことで知られます。最後の城主は徳川家康の重臣・井伊直政(いいなおまさ)で、今の城跡はその時代の姿に近いと考えられています。国の史跡で、日本100名城に選ばれています。
名胡桃城
城なぐるみじょう
利根郡みなかみ町
御城印利根川と赤谷川(あかやがわ)が合わさるあたり、三方を崖に囲まれた細長い台地に築かれた山城の跡。真田昌幸(さなだまさゆき)が沼田城を攻めるための前線基地として整えた城で、天正17年(1589年)にここが北条方に奪われた「名胡桃城事件」が、豊臣秀吉による小田原攻めの口実となった。小さな城が戦国時代の終わりを決めた場所として知られ、続日本100名城の115番に選ばれている。
沼田城
城ぬまたじょう
沼田市
群馬県沼田市にある城の跡で、いまは沼田公園になっています。16世紀の前半に地元の沼田氏が築き、のちに真田信之(さなだのぶゆき)が初代城主となって、五層の天守をもつ城に整えました。天和2年(1682)に幕府の命で完全に取り壊され、いまは石垣や堀の一部、復元された鐘楼などが残っています。続日本100名城の116番です。
岩櫃城
城いわびつじょう
吾妻郡東吾妻町
御城印吾妻川(あがつまがわ)の北にそびえる岩櫃山(いわびつやま)の中腹に築かれた山城です。けわしい岩山を生かした天然の要塞で、戦国時代には真田(さなだ)氏の城として、信濃の上田城と上野の沼田城を結ぶ大切な中継点になりました。国指定史跡、続日本100名城(117番)。