TabiShiri
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京都府の寺

御朱印あり

70 件

清水寺

寺

きよみずでら

京都市東山区

御朱印

宝亀9年(778)創建と伝わる北法相宗大本山。「清水の舞台」で知られる本堂は国宝。世界文化遺産。

東寺

寺

とうじ

京都市南区

御朱印

延暦15年(796)創建。空海が真言密教の根本道場とした東寺真言宗総本山。五重塔は日本一の高さの木造塔(55m)。世界文化遺産。

金閣寺

寺

きんかくじ(ろくおんじ)

京都市北区

御朱印

応永4年(1397)足利義満が造営した北山山荘を、義満没後に禅寺とした臨済宗相国寺派の塔頭寺院。金箔の舎利殿「金閣」で知られる。世界文化遺産。

銀閣寺

寺

ぎんかくじ(じしょうじ)

京都市左京区

御朱印

文明14年(1482)足利義政が造営した東山山荘を、義政没後に禅寺とした臨済宗相国寺派の塔頭寺院。観音殿「銀閣」と銀沙灘で知られる。世界文化遺産。

仁和寺

寺

にんなじ

京都市右京区

御朱印

真言宗御室派総本山。本尊は阿弥陀如来。仁和4年(888)、宇多天皇が父・光孝天皇の遺志を継いで創建。「御室の桜」で名高く、古都京都の文化財として世界文化遺産に登録されている。

龍安寺

寺

りょうあんじ

京都市右京区

御朱印

臨済宗妙心寺派の寺院。石庭(方丈石庭)で世界的に知られ、1994年に古都京都の文化財として世界文化遺産に登録。室町時代の1450年に細川勝元が創建。

妙心寺

寺

みょうしんじ

京都市右京区

御朱印

京都・花園にある臨済宗妙心寺派の大本山です。建武4年(1337年)、花園法皇(はなぞのほうおう)が自分の離宮に関山慧玄(かんざん えげん)を迎えて禅寺に改めたのがはじまりです。全国に約3,400の末寺をもつ臨済宗で最大の寺で、境内には46の塔頭(たっちゅう)が並びます。法堂(はっとう)の天井に描かれた狩野探幽(かのう たんゆう)の「雲龍図」と、国宝の梵鐘で知られます。

南禅寺

寺

なんぜんじ

京都市左京区

御朱印

臨済宗南禅寺派の大本山。正応4年(1291)、亀山法皇が離宮を禅寺に改めたことに始まる。三門は歌舞伎「楼門五三桐」の石川五右衛門の台詞で有名。水路閣でも知られる。

大覚寺

寺

だいかくじ

京都市右京区

御朱印

真言宗大覚寺派の大本山。嵯峨天皇の離宮嵯峨院を寺に改めた皇室ゆかりの寺院。正式名は旧嵯峨御所大覚寺門跡。大沢池はわが国最古の人工林泉として知られる。

醍醐寺

寺

だいごじ

京都市伏見区

御朱印

真言宗醍醐派の総本山。貞観16年(874)に聖宝理源大師(しょうぼうりげんだいし)が創建。豊臣秀吉の「醍醐の花見」で有名で、西国三十三所第11番の札所でもある。国宝の五重塔(951年建立)は京都府内最古の木造建築。世界文化遺産。

平等院

寺

びょうどういん

宇治市

御朱印

浄土宗系単立寺院。永承7年(1052)、藤原頼通が父・道長より譲受けた別業を仏寺に改めた。翌年落慶した鳳凰堂(阿弥陀堂)は平安時代を代表する建築として世界文化遺産。10円硬貨にも描かれる。

天龍寺

寺

てんりゅうじ

京都市右京区

御朱印

臨済宗天龍寺派の大本山。足利尊氏が後醍醐天皇の菩提を弔うため、夢窓疎石を開山として暦応2年(1339)に創建。曹源池庭園は夢窓疎石の作庭で世界文化遺産に登録されている。

三室戸寺

寺

みむろとじ

宇治市

御朱印

本山修験宗の別格本山。宝亀元年(770)に光仁天皇の勅願で創建。西国三十三所第10番札所。約2万株のアジサイで「あじさい寺」として名高く(見頃は例年5月下旬から7月上旬ごろ)、ツツジ・蓮・紅葉と四季を通じて花が楽しめる。本堂に安置される秘仏の千手観音は33年ごとの御開帳。

今熊野観音寺

寺

いまくまのかんのんじ

京都市東山区

御朱印

真言宗泉涌寺派(しんごんしゅうせんにゅうじは)の寺院。泉涌寺(せんにゅうじ)の塔頭(たっちゅう)のひとつで、西国三十三所第15番札所。大同2年(807)、弘法大師空海(こうぼうだいしくうかい)が熊野権現(くまのごんげん)のお告げによって開いたと伝わる。本尊の十一面観音(じゅういちめんかんのん)は、後白河上皇(ごしらかわじょうこう)の頭痛を治したという言い伝えから「頭痛封じの観音様」として親しまれ、ぼけ封じ近畿十楽観音(ぼけふうじきんきじゅうらくかんのん)第1番札所でもある。

六波羅蜜寺

寺

ろくはらみつじ

京都市東山区

御朱印

真言宗智山派(しんごんしゅうちさんは)の古刹。天暦5年(951)、空也上人(くうやしょうにん)が悪疫退散を祈って十一面観音像を彫り、道場を開いたのが始まり。西国三十三所第17番札所。本尊の木造十一面観音立像は平安時代の作で、平成11年(1999)に国宝に指定されている(秘仏で、12年に一度の辰年〈たつどし〉にのみ御開帳)。「口から6体の阿弥陀仏が現れる」姿で知られる空也上人立像(重要文化財)のほか、平清盛坐像・地蔵菩薩立像など貴重な彫刻も多数所蔵する。現在の本堂は南北朝時代の貞治2年(1363)の再建。平安末期には平氏一門の本拠地・六波羅の中心にあたる場所に位置していた。

六角堂頂法寺

寺

ろっかくどうちょうほうじ

京都市中京区

御朱印

京都市中京区、烏丸御池(からすまおいけ)のそばに建つ天台系単立の寺院。「六角堂」の名で親しまれ、聖徳太子(しょうとくたいし)の創建と伝わる。いけばな発祥の地としても知られる。

革堂行願寺

寺

こうどうぎょうがんじ

京都市上京区

御朱印

京都市中京区にある天台宗の寺院で、正式には霊麀山革堂行願寺(れいゆうざんこうどうぎょうがんじ)という。西国三十三所観音霊場の第19番札所で、本尊は千手観世音菩薩。かつて狩人だった行円上人(ぎょうえんしょうにん)が、鹿の革をまとって布教して歩いたことから「革堂」の名で親しまれている。境内には都七福神の一柱、寿老神(じゅろうじん)を祀るお堂もある。

善峯寺

寺

よしみねでら

京都市西京区

御朱印

善峯寺(よしみねでら)は、京都市西京区にある天台宗単立の寺院。長元2年(1029)、源算上人(げんさんしょうにん)が開創した。西国三十三所第20番札所。標高約400メートルの善峯山に位置し、京都市街から大阪湾まで見渡せる絶景で知られる。境内を縦横に延びる天然記念物「遊龍の松」(全長37メートル)は必見。徳川5代将軍・綱吉の生母・桂昌院(けいしょういん)が厚く帰依した寺として、ゆかりの遺物を多く残す。

穴太寺

寺

あなおうじ

亀岡市

御朱印

天台宗の古刹。慶雲2年(705)に文武天皇の勅願により創建。西国三十三所第21番札所。秘仏の本尊・聖観音菩薩は「身代わり観音」の伝説で知られ、本堂には病を撫でて癒すという「釈迦如来涅槃像(なで仏)」も安置されています。丹波の田園地帯に佇む静かな古刹で、京都府指定名勝の庭園や四季折々の花も美しいお寺です。

成相寺

寺

なりあいじ

宮津市

御朱印

真言宗単立の古刹。慶雲元年(704年)、文武天皇の勅願により真応上人(しんのうしょうにん)が開創したと伝わる。西国三十三所第28番札所。日本三景「天橋立」を見下ろす、成相山中腹の絶景の山寺として名高い。本尊の聖観世音菩薩は秘仏。「身代わり観音」「願い事が成り合う寺」として信仰を集め、二度と撞かれることのない「撞かずの鐘」など数多くの伝説が残る。五重塔は平成10年(1998年)に鎌倉時代の様式で再建されたもの。

松尾寺

寺

まつのおでら

舞鶴市

御朱印

真言宗醍醐派の古刹。和銅元年(708)、唐(とう)から渡来した威光上人(いこうしょうにん)が青葉山(あおばさん)に草庵を結び、馬頭観音(ばとうかんのん)像を安置したのが始まりと伝わる。西国三十三所第29番札所で、西国三十三所の中では唯一、馬頭観音を本尊とする札所として知られる。標高693メートルの青葉山の南山腹、標高約250メートルの地に伽藍が広がり、深い杉木立に囲まれた静かな山岳霊場となっている。

相国寺

寺

しょうこくじ

京都市上京区

御朱印

臨済宗相国寺派の大本山。室町幕府3代将軍・足利義満が永徳2年(1382)、夢窓疎石を勧請開山として創建。京都五山第二位。金閣寺(鹿苑寺)・銀閣寺(慈照寺)を山外塔頭に持つ。

建仁寺

寺

けんにんじ

京都市東山区

御朱印

臨済宗建仁寺派の大本山。建仁2年(1202)、源頼家(みなもとのよりいえ)を開基、栄西禅師(えいさいぜんじ)を開山として創建された、京都最古の禅寺。京都五山第三位。栄西は『喫茶養生記』を著し、日本に茶を伝えた茶祖でもある。

東福寺

寺

とうふくじ

京都市東山区

御朱印

臨済宗東福寺派の大本山。摂政・九条道家が嘉禎2年(1236)、奈良の東大寺と興福寺の「東」「福」を取って創建。京都五山第四位。通天橋から望む紅葉は京都屈指の名所として知られる。

万寿寺

寺

まんじゅじ

京都市東山区

東福寺の北側にある臨済宗東福寺派の寺で、かつては京都五山の第五位に数えられた名刹です。平安時代に白河上皇の皇女のためにつくられた「六条御堂(ろくじょうみどう)」を始まりとし、鎌倉時代に禅寺となりました。いまは東福寺の塔頭(たっちゅう)で、ふだんは公開されていません。

知恩院

寺

ちおんいん

京都市東山区

御朱印

京都市東山区にある浄土宗の総本山で、正式名は華頂山大谷寺知恩教院(かちょうざんおおたにでらちおんきょういん)です。承安5年(1175)、法然上人(ほうねんしょうにん)が吉水(よしみず)に草庵を結んだことに始まるとされます。徳川家の庇護のもとで伽藍(がらん)が整い、国宝の三門と御影堂(みえいどう)が建っています。大鐘楼の除夜の鐘でも知られます。

西本願寺

寺

にしほんがんじ

京都市下京区

正式名「龍谷山本願寺」。浄土真宗本願寺派の本山。親鸞聖人(1173-1262)を宗祖とする。世界文化遺産「古都京都の文化財」の構成資産。御影堂・阿弥陀堂が国宝、桃山美術の最高傑作。

東本願寺

寺

ひがしほんがんじ

京都市下京区

正式名「真宗本廟」。浄土真宗大谷派の本山。慶長7年(1602)、徳川家康が西本願寺の分離独立を促して建立。御影堂は世界最大級の木造建造物の一つ。

大徳寺

寺

だいとくじ

京都市北区

臨済宗大徳寺派大本山。正中2年(1325)、大燈国師(宗峰妙超)の開創。「茶の湯」の発展に深く関わり、千利休も大徳寺の檀那寺として参禅した。約20の塔頭を擁する京都禅宗の重要拠点。

永観堂

寺

えいかんどう

京都市左京区

正式名「禅林寺」。仁寿3年(853)、空海の弟子・真紹(しんしょう)の開創。後に永観律師(ようかんりっし)が中興、「永観堂」と通称される。「もみじの永観堂」=京都屈指の紅葉名所。本尊「見返り阿弥陀如来」(重要文化財)が独特。

三千院

寺

さんぜんいん

京都市左京区

御朱印

天台宗五箇室門跡(てんだいしゅうごかしつもんぜき)の一つ。延暦年間(782年から806年)に、最澄(さいちょう)が比叡山に開いた円融房(えんゆうぼう)が起源。明治4年(1871)に大原の里へ移り、「三千院」と名乗った。国宝の阿弥陀三尊像を安置する往生極楽院(おうじょうごくらくいん)、苔庭に並ぶ「わらべ地蔵」、四季の庭で知られる。

鞍馬寺

寺

くらまでら

京都市左京区

御朱印

宝亀元年(770)、鑑真(がんじん)の高弟・鑑禎(がんてい)が毘沙門天を安置したのが始まり。延暦15年(796)には藤原伊勢人(ふじわらのいせと)が観音堂を建て、両尊を併せまつる伽藍が整えられた。鞍馬山(標高584m)の中腹に建つ山岳寺院で、「鞍馬の天狗」の伝説や、源義経(牛若丸)が幼少期に修行した地として全国的に知られる。

萬福寺

寺

まんぷくじ

宇治市

御朱印

日本黄檗宗(おうばくしゅう)大本山、黄檗山(おうばくさん)萬福寺。寛文元年(1661)、明(みん)から渡来した隠元隆琦(いんげんりゅうき)の開創。中国・明代様式の独特の伽藍、「普茶料理(ふちゃりょうり)」、隠元豆(インゲンマメ)の伝来など、近世日中文化交流の中心となった。令和6年(2024)、法堂(はっとう)・大雄宝殿(だいおうほうでん)・天王殿(てんのうでん)の3棟が国宝に指定された。

高台寺

寺

こうだいじ

京都市東山区

御朱印

高台寺(こうだいじ)は、豊臣秀吉(とよとみひでよし)の妻・北政所(きたのまんどころ)、ねねが、秀吉の菩提(ぼだい)を弔うために建てた寺です。臨済宗建仁寺派(りんざいしゅうけんにんじは)に属し、庭園は国の史跡・名勝に指定されています。霊屋(おたまや)の堂内を飾る「高台寺蒔絵(こうだいじまきえ)」で知られ、春と秋には夜間特別拝観(ライトアップ)が行われます。

二尊院

寺

にそんいん

京都市右京区

京都市右京区嵯峨の小倉山のふもとにある、天台宗(てんだいしゅう)の寺院です。正式名は小倉山二尊教院華台寺といいます。発遣(はっけん)の釈迦如来と、来迎(らいごう)の阿弥陀如来、二つの如来をまつることから「二尊院」と呼ばれます。総門から続く参道は、平安時代から紅葉の名所として知られています。

常寂光寺

寺

じょうじゃっこうじ

京都市右京区

御朱印

常寂光寺(じょうじゃっこうじ)は、嵯峨野の小倉山(おぐらやま)にある日蓮宗(にちれんしゅう)の寺です。慶長年間(1596〜1614)に日禛(にっしん)上人が開き、境内には200本あまりのカエデがあって、紅葉と青もみじで知られています。国の重要文化財の多宝塔(たほうとう)、桃山城の客殿を移したと伝わる本堂、藤原定家(ふじわらのさだいえ)の山荘跡と伝わる時雨亭跡(しぐれていあと)などが見どころです。

祇王寺

寺

ぎおうじ

京都市右京区

平家物語に登場する「祇王(ぎおう)」=平清盛の寵愛を受けた白拍子が、清盛に捨てられた後に出家して隠棲した尼寺。苔の庭、竹林の小道が、平家物語の哀切な雰囲気を今に伝える。

清凉寺

寺

せいりょうじ

京都市右京区

通称「嵯峨釈迦堂」。永延元年(987)、奝然(ちょうねん)が宋から請来した本尊・釈迦如来立像(国宝、北宋期・987年作)は「三国伝来の釈迦像」=インド・中国・日本を経た稀有な仏。

化野念仏寺

寺

あだしのねんぶつじ

京都市右京区

御朱印

京都・嵯峨野の奥、嵯峨鳥居本(さがとりいもと)にある浄土宗(じょうどしゅう)の寺です。寺伝では弘仁2年(811)に弘法大師空海(くうかい)が開いたと伝わり、境内の「西院(さい)の河原」には約8000体の石仏・石塔が並びます。毎年8月の千灯供養(せんとうくよう)では、この石仏・石塔にろうそくの灯がともされます。

寂光院

寺

じゃっこういん

京都市左京区

御朱印

京都・大原の山里にある天台宗(てんだいしゅう)の尼寺です。寺伝では推古(すいこ)天皇2年(594年)に聖徳太子(しょうとくたいし)が開いたとされます。平家が滅んだあと、平清盛(たいらのきよもり)の娘で安徳天皇の母・建礼門院(けんれいもんいん)が入寺して仏門の生涯を送った寺として、『平家物語』の結びの舞台になっています。

廬山寺

寺

ろざんじ

京都市上京区

御朱印

京都御所の東、寺町通に面した天台圓淨宗(てんだいえんじょうしゅう)の本山です。境内は紫式部の邸宅があった場所と考えられており、白砂と苔に紫の桔梗が咲く「源氏庭」で知られています。比叡山の高僧・元三大師(がんさんだいし)をまつる寺でもあり、2月3日の節分会の「鬼おどり」でもにぎわいます。

神護寺

寺

じんごじ

京都市右京区

京都の北西、高雄山(たかおさん)の中腹に建つ高野山真言宗(こうやさんしんごんしゅう)の古刹です。和気清麻呂(わけのきよまろ)ゆかりの寺で、唐から帰った空海(くうかい)が密教を広める拠点にしました。本尊の薬師如来立像、日本三名鐘のひとつとされる梵鐘(ぼんしょう)など、国宝を数多く伝えています。紅葉の名所で、谷へ素焼きの皿を投げる「かわらけ投げ」の発祥の地ともいわれます。

高山寺

寺

こうざんじ

京都市右京区

高山寺(こうざんじ)は、京都市右京区の栂尾(とがのお)にある寺院で、山号は栂尾山です。鎌倉時代の初めに明恵上人(みょうえしょうにん)が再興し、華厳宗(けごんしゅう)を学ぶ道場として栄えました。 国宝の「鳥獣人物戯画(ちょうじゅうじんぶつぎが)」を所蔵する寺として広く知られ、1994年には世界文化遺産「古都京都の文化財」の構成資産に登録されました。 境内には国宝の石水院(せきすいいん)があり、日本最古の茶園とされる茶園も残っています。

法然院

寺

ほうねんいん

京都市左京区

正式には善気山法然院萬無教寺(ぜんきざんほうねんいんまんむきょうじ)といいます。鎌倉時代のはじめ、法然上人が弟子たちと念仏のおつとめをした草庵(そうあん)のあとに建つお寺です。苔むした茅葺(かやぶ)きの山門と、門をくぐった両側に盛られた白砂壇(びゃくさだん)で知られ、秋の紅葉も見事です。

神泉苑

寺

しんせんえん

京都市中京区

御朱印

神泉苑(しんせんえん)は、京都市中京区の二条城の南にある、真言宗(しんごんしゅう)のお寺です。平安京が造られた延暦13年(794)に、桓武天皇(かんむてんのう)が禁苑(きんえん、天皇の庭園)として造ったのが始まりです。 平安京にあった庭園が、今も池とともに残る場所です。弘法大師・空海(くうかい)が雨を祈った霊場として、また祇園祭(ぎおんまつり)の起こりにかかわる場所として知られています。国の史跡に指定されています。

智積院

寺

ちしゃくいん

京都市東山区

御朱印

真言宗智山派(ちさんは)の総本山で、全国にある智山派の寺のまとめ役となっている寺です。山号は五百佛山(いおぶさん)、本尊は金剛界大日如来です。 長谷川等伯(はせがわとうはく)と息子の久蔵(きゅうぞう)が描いた国宝の障壁画「楓図(かえでず)」「桜図(さくらず)」があることで知られています。利休好みと伝わる名勝の庭園もあります。

毘沙門堂

寺

びしゃもんどう

京都市山科区

御朱印

天台宗京都五箇室門跡(妙法院・三千院・青蓮院・曼殊院・毘沙門堂)の一つ。寺伝では大宝3年(703)、行基菩薩(ぎょうきぼさつ)が文武天皇の勅願により開いた出雲寺を起源とする。寛文5年(1665)、公海(こうかい)によって現在の山科の地に再建され、「山科の毘沙門さん」として親しまれている。紅葉の名所として知られ、京都屈指の絶景を見せる。

隨心院

寺

ずいしんいん

京都市山科区

京都・山科の小野にある真言宗善通寺派の大本山で、「小野門跡(おのもんぜき)」とも呼ばれます。平安時代に仁海(にんがい)が開いた曼荼羅寺(まんだらじ)がはじまりです。平安時代の歌人・小野小町(おののこまち)が晩年を過ごした屋敷の跡と伝えられ、境内には小町の化粧井戸や文塚(ふみづか)が残ります。境内は国の史跡に指定されています。

泉涌寺

寺

せんにゅうじ

京都市東山区

御朱印

泉涌寺(せんにゅうじ)は、京都・東山の山ふところにある、真言宗泉涌寺派(しんごんしゅう せんにゅうじは)の総本山です。天皇や皇室の菩提(ぼだい=亡くなった人の冥福)を祈ってきたことから「御寺(みてら)」と呼ばれ、境内には月輪陵(つきのわのみささぎ)などの皇室の陵墓(りょうぼ)があります。重要文化財の仏殿や大門、美人祈願で知られる楊貴妃観音(ようきひかんのん)、日本最大級の涅槃図(ねはんず)など、見どころが集まっています。

源光庵

寺

げんこうあん

京都市北区

御朱印

「悟りの窓」「迷いの窓」で全国的に知られる、京都・鷹峯(たかがみね)の曹洞宗の寺。貞和2年(1346)、大徳寺第2世の徹翁義亨(てつおうぎこう)禅師が隠居所として開いた。元禄7年(1694)に卍山道白(まんざんどうはく)禅師が曹洞宗に改めた。本堂の天井は、伏見城の床板を用いた「血天井」。

法住寺

寺

ほうじゅうじ

京都市東山区

御朱印

法住寺(ほうじゅうじ)は、京都市東山区にある天台宗(てんだいしゅう)の寺です。 後白河法皇(ごしらかわほうおう)の御所「法住寺殿(ほうじゅうじどの)」のあとに建ち、法皇の陵(みささぎ・墓)がすぐそばにあります。 本尊は身代り不動明王(みがわりふどうみょうおう)です。 赤穂義士(あこうぎし)四十七士の木像が安置されていることでも知られ、毎年12月14日に義士会法要(ぎしえほうよう)が行われます。

法輪寺

寺

ほうりんじ

京都市西京区

御朱印

京都市西京区、嵐山の渡月橋(とげつきょう)を見下ろす高台にある、真言宗五智教団(ごちきょうだん)の寺院です。「嵯峨の虚空蔵さん」として親しまれ、本尊は虚空蔵菩薩(こくうぞうぼさつ)。数え年13歳でお参りする「十三まいり」で知られます。

妙法院

寺

みょうほういん

京都市東山区

御朱印

京都市東山区にある天台宗(てんだいしゅう)の寺院。山号(さんごう)は南叡山(なんえいざん)、本尊は普賢菩薩(ふげんぼさつ)。三千院(さんぜんいん)・青蓮院(しょうれんいん)とともに「天台三門跡(てんだいさんもんぜき)」に数えられ、皇族や貴族の子弟が住持を務めた格式高い門跡寺院(もんぜきじいん)である。境外仏堂(けいがいぶつどう)である三十三間堂(さんじゅうさんげんどう、蓮華王院〈れんげおういん〉)を所管し、境内の庫裏(くり)は桃山時代の建築を代表する国宝(こくほう)に指定されている。

真如堂

寺

しんにょどう

京都市左京区

京都・左京区にある天台宗のお寺で、正式には鈴聲山(れいしょうざん)真正極楽寺(しんしょうごくらくじ)といいます。平安時代の永観2年(984年)、比叡山の戒算上人(かいさんしょうにん)が開いたとされます。本尊の阿弥陀如来立像は、「京に出て、とくに女性を救ってほしい」という願いに三度うなずいたと伝わることから「うなずきの弥陀」と呼ばれます。紅葉の名所としても知られています。

知恩寺

寺

ちおんじ

京都市左京区

御朱印

「百萬遍(ひゃくまんべん)さん」の名で親しまれる、浄土宗の七大本山の一つです。正式には長徳山功徳院知恩寺(ちょうとくざんくどくいんちおんじ)といいます。鎌倉時代の終わりに、念仏を百万遍となえて疫病をしずめたことから「百萬遍」の名を天皇からいただきました。近くの交差点名「百万遍」も、この寺に由来します。毎月15日には境内で手づくり市が開かれます。

蛸薬師堂

寺

たこやくしどう

京都市中京区

京都の繁華街・新京極(しんきょうごく)にある浄土宗西山深草派(じょうどしゅうせいざんふかくさは)のお寺で、正式には浄瑠璃山(じょうるりさん)永福寺(えいふくじ)といいます。薬師如来(やくしにょらい)の石像を本尊とし、蛸が経典に変わったという言い伝えから「蛸薬師」と呼ばれて親しまれています。病気平癒を願う人々がお参りに訪れます。

平等寺

寺

びょうどうじ

京都市下京区

御朱印

「因幡堂(いなばどう)」「因幡薬師」の名で親しまれる真言宗智山派の寺です。本尊の薬師如来は、嵯峨の清凉寺の釈迦如来、信濃の善光寺の阿弥陀如来とならぶ「日本三如来」の一つに数えられます。洛陽三十三所観音霊場の第27番、京都十二薬師霊場の第1番の札所でもあります。

松ヶ崎大黒天

寺

まつがさきだいこくてん

京都市左京区

正式名「松崎山妙円寺(まつざきさんみょうえんじ)」。日蓮宗の寺院。都七福神(=大黒天担当)。元和2年(1616)、本涌寺(=現・涌泉寺)の塔頭として開創。御本尊の大黒天は伝教大師最澄( 関連)作と伝わる稀有な聖地。「五山送り火」=8月16日の京都の風物詩「妙」「法」の文字山の麓に鎮座。

赤山禅院

寺

せきざんぜんいん

京都市左京区

御朱印

京都市左京区の修学院にある、天台宗の寺院です。比叡山延暦寺の塔頭(たっちゅう)とされ、京都の東北にあたる「表鬼門(おもてきもん)」を守る寺として知られます。本尊は赤山大明神(せきざんだいみょうじん)。屋根の上の神猿(まさる)、都七福神の福禄寿(ふくろくじゅ)、秋の紅葉でも親しまれています。

観智院

寺

かんちいん

京都市南区

東寺( 既、教王護国寺)の塔頭。真言宗十八本山の一つで、東寺の別格本山として独立した本山扱い。延文4年(1359)、後宇多上皇の勅願により開創。「客殿」(国宝、慶長10年/1605築)=桃山期の優美な書院造の建築。「五大虚空蔵菩薩像」(重要文化財、唐時代作)=極めて稀有な唐から請来された仏像、空海関連の聖地。宮本武蔵が一時滞在し、襖絵「鷲の図」「竹林の図」を描いた稀有な聖地としても知られる。

金戒光明寺

寺

こんかいこうみょうじ

京都市左京区

御朱印

通称「黒谷さん(くろだにさん)」「黒谷金戒光明寺」。浄土宗の大本山。法然上人二十五霊場・第24番札所。承安5年(1175)、法然上人43歳の時、当地(=比叡山黒谷)に草庵を結び、浄土宗を開いた稀有な「浄土宗発祥の地」。「会津藩本陣」=幕末、京都守護職・松平容保(=会津藩主、新選組の上司)が、文久2年(1862)から慶応3年(1867)まで当寺を会津藩本陣として使用した稀有な歴史的聖地。「アフロ仏像(=五劫思惟阿弥陀如来像)」=五劫の間思惟して頭髪が伸び切った稀有な造形の阿弥陀如来像、SNS時代の人気スポット。

粟生光明寺

寺

あおうこうみょうじ

長岡京市

御朱印

西山浄土宗(せいざんじょうどしゅう)の総本山で、京都府長岡京市の西山のふもとにあります。法然上人(ほうねんしょうにん)が浄土宗を開いたあと、初めて念仏(ねんぶつ)の教えを説いた地と伝わり、「浄土門根元地(じょうどもんこんげんち)」の名で知られます。 建久9年(1198)に、法然の弟子の蓮生(れんしょう)、俗名・熊谷直実(くまがいなおざね)が念仏三昧院(ねんぶつざんまいいん)を建てたのが始まりです。御影堂(みえいどう)や阿弥陀堂など境内の建造物8棟は国の重要文化財で、約200mのもみじ参道は京都でも指折りの紅葉の名所です。

三鈷寺

寺

さんこじ

京都市西京区

京都の西山(にしやま)の山中、善峯寺(よしみねでら)のとなりにある西山宗(せいざんしゅう)の総本山です。平安時代に開かれ、法然(ほうねん)の弟子・証空(しょうくう)が念仏の道場として発展させました。本堂の前からは、京都市内から宇治・木津方面まで見渡せる雄大な眺めが広がります。

清浄華院

寺

しょうじょうけいん

京都市上京区

御朱印

京都御所のすぐ東にある、浄土宗(じょうどしゅう)の大本山です。一般には「浄華院(じょうけいん)」とも呼ばれます。寺伝では、平安時代の貞観(じょうがん)2年(860年)、清和天皇(せいわてんのう)の願いを受けて慈覚大師円仁(じかくだいしえんにん)が宮中に開いたのが始まりとされます。のちに法然上人(ほうねんしょうにん)にゆかりの寺となり、法然上人二十五霊場の第23番札所になっています。

一心院

寺

いっしんいん

京都市東山区

京都市東山区、知恩院(ちおんいん)の御影堂(みえいどう)の脇から石段を登った先にある浄土宗のお寺で、山号を群仙山(ぐんせんざん)といいます。浄土宗の中の捨世派(しゃせいは)という流れの本山で、阿弥陀如来(あみだにょらい)を本尊としています。周りをほとんど知恩院に囲まれていますが、もとは独立したお寺として開かれました。

本能寺

寺

ほんのうじ

京都市中京区

法華宗本門流の本山。日本史上最も有名な「本能寺の変」(天正10年/1582年6月2日)の舞台。織田信長(=戦国の三英傑の一人、=「第六天魔王」と自称)が、家臣・明智光秀の謀反により当寺で自害された極めて稀有な歴史的聖地。当時の本能寺は四条西洞院にあったが、豊臣秀吉の命で天正20年(1592)に現在地(中京区寺町通御池下る)に移転再建。「信長公廟」=境内の独特の聖地、信長の遺髪・遺品を納めた墓所。「信長公の刀剣・装束」など、本能寺の変の遺品を所蔵する寺宝多数。

六道珍皇寺

寺

ろくどうちんのうじ

京都市東山区

京都の東山、松原通にある臨済宗建仁寺派(りんざいしゅうけんにんじは)の寺で、「六道さん」と呼ばれて親しまれています。平安時代の小野篁(おののたかむら)が、この寺の井戸から冥土に通い、閻魔大王の手伝いをしたという言い伝えが残ります。お盆の前の六道まいりには、先祖の霊を迎える「迎え鐘」を撞きに多くの人が訪れます。

誓願寺

寺

せいがんじ

京都市中京区

御朱印

誓願寺(せいがんじ)は、京都の繁華街・新京極通(しんきょうごくどおり)のまんなかに建つ、浄土宗西山深草派(じょうどしゅうせいざんふかくさは)の総本山です。天智天皇(てんじてんのう)の願いによって開かれたと伝わる古い歴史を持ち、新西国三十三箇所(しんさいごくさんじゅうさんかしょ)第15番札所にも数えられています。本尊は阿弥陀如来(あみだにょらい)。「落語(らくご)の祖(そ)」と呼ばれる安楽庵策伝(あんらくあんさくでん)がかつての住職だったことから「落語発祥の寺」としても知られています。

大報恩寺

寺

だいほうおんじ

京都市上京区

御朱印

大報恩寺(だいほうおんじ)は京都市上京区にある真言宗智山派(しんごんしゅうちさんは)の寺院で、「千本釈迦堂(せんぼんしゃかどう)」の通称で親しまれています。本堂は応仁(おうにん)・文明の乱の戦火を免れ、京都市内に現存する木造建築の中でも最古級とされる国宝建築です。快慶(かいけい)一門による十大弟子(じゅうだいでし)像や、2024年に国宝に指定された六観音(ろくかんのん)菩薩像など、鎌倉時代の仏像を数多く伝えています。新西国三十三箇所(しんさいごくさんじゅうさんかしょ)第16番札所でもあります。

楊谷寺

寺

ようこくじ

長岡京市

御朱印

京都府長岡京市の山あいにある西山浄土宗の寺院で、通称「柳谷観音(やなぎだにかんのん)」として親しまれています。本尊の十一面千手千眼観世音菩薩(じゅういちめんせんじゅせんげんかんぜおんぼさつ)は眼病に霊験があるとされ、「目の観音様」として古くから信仰を集めてきました。近年は境内にあふれる約5,000株のあじさいや、季節の花を浮かべた「花手水(はなちょうず)」発祥の地としても知られ、多くの参拝者やカメラ好きが訪れています。新西国三十三所第17番、京都洛西観音霊場第10番の札所です。