TabiShiri
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東京都の寺

御朱印あり

138 件

浅草寺

浅草寺

寺

せんそうじ

台東区

御朱印

推古天皇36年(628)創建と伝わる東京最古の寺。聖観世音菩薩を本尊とし、雷門・仲見世通り・五重塔で知られる。

増上寺

寺

ぞうじょうじ

港区

御朱印

明徳4年(1393)創建。徳川将軍家の菩提寺として知られる浄土宗大本山。東京タワーを背景にした三解脱門が印象的。

寛永寺

寺

かんえいじ

台東区

御朱印

寛永2年(1625)創建、徳川家光開基。天台宗関東総本山。徳川将軍家の菩提寺の一つで、上野の山一帯が広大な境内であった。

深大寺

寺

じんだいじ

調布市

御朱印

天平5年(733)満功上人が開創した天台宗別格本山。関東最古の寺院のひとつで、境内に安置される白鳳仏(銅造釈迦如来倚像)は国宝。厄除元三大師を本尊とし「厄除けの深大寺」として知られる。深大寺そばの名所でもあり、神代植物公園に隣接する。

護国寺

寺

ごこくじ

文京区

御朱印

天和元年(1681)五代将軍徳川綱吉が生母桂昌院の願いにより創建した真言宗豊山派の大本山。本尊は如意輪観世音菩薩(秘仏)。国宝・重要文化財の仏像を数多く所蔵し、境内には大隈重信・山県有朋ら歴史的人物の墓所がある。

池上本門寺

寺

いけがみほんもんじ

大田区

御朱印

弘安5年(1282)日蓮聖人が入滅した聖地に建立された日蓮宗の大本山。国宝の五重塔や、加藤清正が寄進した経堂など重要文化財を有する。お会式(万灯練供養)は毎年100万人以上が訪れる大祭。

高幡不動尊金剛寺

高幡不動尊金剛寺

寺

たかはたふどうそんこんごうじ

日野市

御朱印

真言宗智山派の別格本山。関東三大不動のひとつで、平安時代作の不動明王像(重要文化財)を本尊とする。 新選組土方歳三の菩提寺として知られ、境内に土方歳三像が立つ。あじさいと紅葉の名所。

等々力不動尊

寺

とどろきふどうそん(みょうおういん)

世田谷区

御朱印

真言宗智山派の寺院。等々力渓谷の崖上に位置し、役行者が自刻の不動明王像を安置したと伝わる。満願寺の別院であり、都心に残る秘境「等々力渓谷」の自然と一体となった参拝が楽しめる。

薬師寺東京別院

寺

やくしじとうきょうべついん

品川区

御朱印

奈良薬師寺の東京別院。法相宗の寺院で、奈良・薬師寺の法燈を東京で継ぐ写経道場として知られる。毎日写経が体験できる数少ない寺院のひとつ。本尊は薬師如来。御朱印も授与している。

回向院

寺

えこういん

墨田区

御朱印

両国駅のすぐ近くにある浄土宗の寺です。明暦3年(1657)の明暦の大火で亡くなった、身元のわからない人々を葬るために開かれました。宗派や身分を問わず、人も動物もあらゆる命を供養する寺として知られています。江戸時代には境内で勧進相撲が開かれ、両国が「相撲の町」となるきっかけをつくりました。

高尾山薬王院

高尾山薬王院

寺

たかおさんやくおういん

八王子市

御朱印

東京都八王子市の高尾山(たかおさん)にある真言宗智山派(しんごんしゅうちさんは)の大本山(だいほんざん)。正式名は「高尾山薬王院有喜寺」で、天平16年(744年)に行基菩薩(ぎょうきぼさつ)が開いたと伝わる。本尊は烏天狗(からすてんぐ)の姿をした飯縄大権現(いづなだいごんげん)で、古くから天狗信仰と修験道(しゅげんどう)の霊山として知られる。都心から日帰りで参拝でき、四季を通じて多くの人が訪れる。

塩船観音寺

寺

しおふねかんのんじ

青梅市

御朱印

青梅市の丘陵にある真言宗醍醐派(しんごんしゅうだいごは)の寺で、山号は大悲山(だいひざん)です。すり鉢のような形の境内を約2万本のツツジが埋めつくす「つつじ寺」として知られています。茅葺き屋根の本堂・仁王門・阿弥陀堂は、室町時代の建物として国の重要文化財に指定されています。

目黒不動尊

寺

めぐろふどうそん

目黒区

御朱印

東京都目黒区にある天台宗(てんだいしゅう)の寺。本尊は不動明王(ふどうみょうおう)。寺伝では大同3年(808)、慈覚大師円仁(じかくだいしえんにん)が開いたとされ、関東でいちばん古い不動明王の霊場とも言われる。「目黒」という地名そのものが、この寺のお不動さまに由来するという説があるほど、この土地の中心だった場所である。江戸時代には徳川家光の庇護を受けて50棟を超える伽藍(がらん=寺の建物群)が建ち並び、富くじ(今の宝くじ)が行われる江戸有数の盛り場にもなった。境内には円仁が独鈷(とっこ)を投げたところから湧いたと伝わる「独鈷の滝」があり、今も水が枯れない。サツマイモを広めて「甘藷先生(かんしょせんせい)」と呼ばれた青木昆陽(あおきこんよう)の墓は国の史跡。江戸五色不動(えどごしきふどう)のひとつで、元祖山手七福神の恵比寿神も祀る。

西新井大師

寺

にしあらいだいし

足立区

御朱印

東京都足立区にある真言宗豊山派のお寺です。正しくは五智山遍照院總持寺(ごちさん へんじょういん そうじじ)といいますが、「西新井大師」の名で親しまれています。弘法大師(こうぼうだいし)空海が開いたと伝わる厄除けの寺で、川崎大師、観福寺大師堂とともに「関東厄除け三大師」に数えられます。牡丹(ぼたん)の名所としても知られ、春には境内の三つの牡丹園が花で埋まります。令和八年(2026)は開創1200年にあたります。

柴又帝釈天

寺

しばまたたいしゃくてん

葛飾区

正式名「経栄山題経寺(きょうえいざんだいきょうじ)」。日蓮宗の寺院。寛永6年(1629)、禅那院日忠の開創。映画『男はつらいよ』(寅さん)の聖地として全国的に有名。

深川不動堂

寺

ふかがわふどうどう

江東区

御朱印

真言宗智山派(しんごんしゅうちさんは)の寺で、千葉県成田市にある大本山成田山新勝寺の東京別院。「深川のお不動様」と呼ばれて親しまれてきた。始まりは元禄16年(1703)、成田山の不動明王が江戸へ運ばれて開かれた出開帳(でがいちょう)である。本尊は不動明王で、毎日5回の御護摩(おごま)が修される。旧本堂は江東区の文化財。関東三十六不動霊場 第20番札所。

待乳山聖天

寺

まつちやましょうでん

台東区

正式名「本龍院」。浅草寺( 既)の塔頭。推古天皇3年(595)の創建と伝わる。「聖天(しょうでん)」=大聖歓喜天を本尊とする独特の信仰。江戸期から続く「浴油(よくゆ)祈祷」が稀有な祭礼。

湯島聖堂

湯島聖堂

寺

ゆしませいどう

文京区

元禄3年(1690年)、五代将軍・徳川綱吉が、林羅山が上野忍岡に建てた孔子廟をこの地へ移して創建した。 寛政9年(1797年)には幕府直轄の昌平坂学問所となり、江戸の学問の頂点に立つ。 明治に入るとその敷地に博覧会が開かれ、図書館が置かれ、師範学校が生まれた。 東京大学・筑波大学・お茶の水女子大学、そして東京国立博物館の源流をここにたどることができる。 関東大震災でほぼ全焼したが、昭和10年(1935年)に伊東忠太の設計により再建された。 大正11年に国の史跡に指定。今も合格祈願の絵馬が絶えない。

谷中天王寺

寺

やなかてんのうじ

台東区

正式名「護国山尊重院天王寺」。建治年間(1275-1278)、源頼朝の重臣・関小次郎長耀の創建。江戸期は「日蓮宗最後の不受布施派の本拠」として弾圧を受け、後に天台宗に改宗。「谷中の墓地」=東京屈指の墓地。

大円寺

寺

だいえんじ

目黒区

御朱印

目黒駅から坂道「行人坂(ぎょうにんざか)」を下った途中にある天台宗のお寺で、正式には松林山(しょうりんざん)大圓寺といいます。江戸時代の明和9年(1772年)に起きた大火事「行人坂火事」の火元となった寺で、犠牲者を供養するための石仏群が境内を埋めています。国の重要文化財の釈迦如来立像を本尊とし、山手七福神では大黒天を祀っています。

高岩寺

寺

こうがんじ

豊島区

御朱印

「とげぬき地蔵」の名で親しまれている曹洞宗(そうとうしゅう)のお寺で、正式には萬頂山高岩寺(ばんちょうざんこうがんじ)といいます。本尊の延命地蔵菩薩(えんめいじぞうぼさつ)は、病やなやみの「とげ」を抜いてくれる仏さまとして、江戸時代から多くの人に信仰されてきました。境内の「洗い観音」も知られています。

不忍池辯天堂

寺

しのばずのいけべんてんどう

台東区

寛永寺( 既)の塔頭。寛永2年(1625)、天海大僧正( 日光輪王寺関連)が、上野・不忍池を琵琶湖に見立てて、近江・竹生島( 関連、宝厳寺)の弁才天を勧請して建立。「日本三大弁才天」とも称される。

豊川稲荷東京別院

寺

とよかわいなりとうきょうべついん

港区

御朱印

豊川稲荷東京別院(とよかわいなりとうきょうべついん)は、東京都港区元赤坂にある曹洞宗(そうとうしゅう)の寺院です。 愛知県豊川市の妙厳寺(みょうごんじ・豊川稲荷)の、唯一の直轄(ちょっかつ)別院です。 江戸の町奉行として知られる大岡忠相(おおおかただすけ)が、屋敷に豊川稲荷の分身を祀(まつ)ったことが始まりとされます。 赤い提灯(ちょうちん)と、数百のお稲荷様が並ぶ境内で知られる、赤坂の街の中のお寺です。

雑司ヶ谷鬼子母神堂

寺

ぞうしがやきしもじんどう

豊島区

日蓮宗・法明寺の境外仏堂。本尊は鬼子母神(=安産・子育ての神)。永禄4年(1561)、当地の山中で鬼子母神像が発掘されたのが起源。「鬼」の字に角を書かない「𩻩子母神」=母性を強調した独特の表記が、当寺の伝統。

護国院

寺

ごこくいん

台東区

御朱印

護国院(ごこくいん)は、東京都台東区の上野公園内にある天台宗の寺院です。 寛永寺の子院(しいん)で、通称は「上野大黒天」です。 寛永2年(1625年)に、天海(てんかい)の命を受けた弟子の生順が開いたとされます。 谷中七福神めぐりでは、大黒天を担当しています。

修性院

寺

しゅしょういん

荒川区

通称「日暮里の布袋様」。谷中七福神(=布袋尊担当)の一社。日蓮宗の寺院。天正元年(1573)創建。江戸期、当地(=日暮里)が「日くらしの里(=一日中過ごしても飽きない景勝地)」として親しまれた、江戸の花見の名所の中心。

青雲寺

寺

せいうんじ

荒川区

通称「日暮里の恵比寿様」。谷中七福神(=恵比寿担当)の一社。臨済宗妙心寺派の寺院。宝暦年間(1751-1764)、堀田正亮(ほったまさすけ、=下総佐倉藩主、 麻賀多神社関連)の開基。江戸期は「花見寺」として、上野・谷中の花見の中心地の一つ。

長安寺

寺

ちょうあんじ

台東区

谷中七福神(=寿老人担当)の一社。臨済宗妙心寺派の寺院。寛文9年(1669)、老山和尚の開基。「寿老人像」=室町期作と伝わる稀有な木像。「狩野芳崖(かのうほうがい、明治期の日本画の大家)」の墓があることでも知られる稀有な聖地。

東覚寺

寺

とうかくじ

北区

御朱印

田端にある真言宗豊山派(しんごんしゅうぶざんは)の寺で、谷中七福神(やなかしちふくじん)の福禄寿(ふくろくじゅ)をまつる一寺です。門の脇に立つ石の仁王像は、体の悪いところと同じ場所に赤い紙を貼って祈ると治るという信仰から「赤紙仁王(あかがみにおう)」と呼ばれ、親しまれています。

橋場不動院

寺

はしばふどういん

台東区

御朱印

橋場不動院(はしばふどういん)は、隅田川のほとりの橋場にある天台宗の寺で、正式な名前は「砂尾山橋場寺不動院」です。「火伏せ(ひぶせ)の橋場不動尊」として親しまれ、浅草名所七福神では布袋尊(ほていそん)をまつっています。天平宝字4年(760)に寂昇上人(じゃくしょうしょうにん)が開いたと伝わる古い寺で、江戸時代の本堂や樹齢約700年の大銀杏(おおいちょう)が残っています。

弘福寺

寺

こうふくじ

墨田区

隅田川七福神(=布袋尊担当)の一社。黄檗宗(おうばくしゅう、=萬福寺)の寺院。延宝元年(1673)創建。「咳の爺婆尊(せきのじいばあそん)」=境内の独特の石像、咳止め祈願の聖地。

長命寺

寺

ちょうめいじ

墨田区

隅田川七福神(=弁財天担当)の一社。天台宗の寺院。徳川3代将軍・徳川家光( 関連)が、鷹狩りの途上、境内の井戸水で薬を飲んで体調を整えたことから「長命水」「長命寺」と称されるようになった稀有な聖地由来。「長命寺桜もち」=江戸期から続く名物。

多聞寺

寺

たもんじ

墨田区

御朱印

隅田川七福神(毘沙門天担当)の一社。真言宗智山派の寺院。天徳年間(957-960年頃)の創建と伝わり、墨田区最古の寺院の一つ。江戸中期に再建された「茅葺の山門」は区内に残る最古の建造物として、墨田区指定有形文化財となっている。妖怪狸を退治したという伝説から「たぬき寺」とも呼ばれる。

冬木弁天堂

寺

ふゆきべんてんどう

江東区

御朱印

深川七福神の弁財天をお祀りする、真言宗系の小さなお堂です。江戸時代の材木商・冬木屋が、琵琶湖の竹生島(ちくぶしま)の弁財天の分霊を屋敷にまつったのが始まりで、「冬木」という町名もこの冬木屋に由来します。12年に一度、巳年(へびどし)に弁財天像の衣替えの儀式が行われます。

心行寺

寺

しんぎょうじ

江東区

御朱印

浄土宗の寺院。山号は双修山、院号は養源院。深川七福神の福禄寿をまつる。元和2年(1616)に八丁堀で創建され、寛永10年(1633)に現在地の深川へ移った。

円珠院

寺

えんじゅいん

江東区

御朱印

深川七福神の大黒天をまつる日蓮宗の寺で、「深川の大黒様」として江戸時代から親しまれてきました。山号は妙献山(みょうけんざん)です。 近くにある大きな寺・浄心寺(じょうしんじ)の塔頭(たっちゅう、本寺に属する小さな寺)の一つです。

龍光院

寺

りゅうこういん

江東区

御朱印

東京都江東区にある浄土宗(じょうどしゅう)の寺院。山号は龍徳山(りゅうとくさん)。慶長16年(1611)、徳川家康(とくがわいえやす)の側室・阿茶局(あちゃのつぼね)が開いた雲光院(うんこういん)の塔頭(たっちゅう)の一つとして、日本橋馬喰町(にほんばしばくろちょう)に設けられたのが始まり。天和2年(1682)に現在の深川へ移り、複数の塔頭が合わさって「龍光院」となった。深川七福神(ふかがわしちふくじん)の毘沙門天(びしゃもんてん)を祀る寺としても知られる。

覚林寺

寺

かくりんじ

港区

御朱印

港区白金台にある日蓮宗(にちれんしゅう)のお寺で、山号(さんごう)を最正山(さいしょうざん)といいます。戦国時代の武将・加藤清正(かとうきよまさ)を祀ることから、「白金の清正公(せいしょうこう)さま」と呼ばれて親しまれています。勝負ごとを祈る寺として信仰を集め、山手七福神では毘沙門天(びしゃもんてん)を祀っています。

瑞聖寺

寺

ずいしょうじ

港区

御朱印

黄檗宗系(おうばくしゅうけい)の単立(たんりつ)寺院。寛文10年(1670)、摂津麻田藩(せっつあさだはん)主・青木重兼(あおきしげかね)が開基、黄檗宗の僧・木庵性瑫(もくあんしょうとう)を開山として創建された。国指定重要文化財の大雄宝殿(だいゆうほうでん)は中国風の優美な仏堂で、元祖山手七福神(がんそやまてしちふくじん)の布袋尊(ほていそん)を祀る一寺としても知られる。

妙円寺

寺

みなとくみょうえんじ

港区

御朱印

日蓮宗の寺院。山号は誠瀧山(せいろうさん)。瀧本院日忍(俗称:瀧本采女)を開山として、碑文谷(現・目黒区)にあった瀧本家邸内の妙見堂を起源とし、延宝6年(1678)に現在の白金台へ移転した。「白金妙見」とも呼ばれる。山手七福神のうち福禄寿・寿老人の2神を担当し、6寺で7神を巡る独特の構成の中心となっている。

蟠龍寺

寺

ばんりゅうじ

目黒区

目黒駅から歩いて10分ほど、山手通りから細い参道を入った先にある浄土宗(じょうどしゅう)の寺です。山手七福神の弁財天(べんざいてん)の寺として知られ、境内の岩屋(いわや)にまつられた弁財天は「岩屋弁天」と呼ばれます。本尊の木造阿弥陀如来像(あみだにょらいぞう)は東京都の指定文化財。江戸時代に歌舞伎役者の信仰を集めた「おしろい地蔵」もまつられています。

本成院

寺

ほんじょういん

大田区

御朱印

日蓮宗の寺院で、山号は喜昇山(きしょうざん)。池上本門寺の子院(旧塔頭)にあたる。弘安5年(1282)、日蓮聖人の直弟子・日向(にっこう)の庵室として開かれた。池上七福神の福禄寿(ふくろくじゅ)をまつる。朱塗りの観音堂が参道沿いで目を引く。

馬頭観音堂

寺

ばとうかんのんどう

大田区

馬頭観音堂(ばとうかんのんどう)は、大田区池上3丁目にある日蓮宗(にちれんしゅう)のお堂で、馬頭観音(ばとうかんのん)をまつっています。六角形のお堂が特徴で、池上七福神(いけがみしちふくじん)めぐりでは、かつて大黒天(だいこくてん)をまつる札所でした。現在、大黒天は久が原(くがはら)の本光寺(ほんこうじ)にまつられています。池上本門寺(いけがみほんもんじ)の境内ではなく、池上駅から歩いて行ける町なかにあります。

厳定院

寺

ごんじょういん

大田区

池上本門寺の塔頭。永仁6年(1298)、本門寺と共に開創。池上七福神(=弁財天担当)の一寺。「水弁天」=境内の独特の弁天堂、水を司る弁財天として、現代も商売繁盛祈願の聖地。

妙見堂

寺

みょうけんどう

大田区

御朱印

妙見堂(みょうけんどう)は、東京都大田区池上にある、日蓮宗(にちれんしゅう)の照栄院(しょうえいいん)の境内の堂です。 本尊は妙見大菩薩(みょうけんだいぼさつ)で、寛文4年(1664)に池上本門寺に納められた室町時代の像と伝わります。 池上七福神のひとつで、寿老人(じゅろうじん・樹老人)の札所になっています。 現在の堂は、慶応2年(1866)に再建されたものです。

微妙庵

寺

みみょうあん

大田区

池上本門寺の近くにある日蓮宗のお堂で、池上七福神の毘沙門天(びしゃもんてん)をおまつりしています。この毘沙門天は海の中から現れたと伝えられ、商売繁盛や学業成就の神様として信仰を集めています。

養源寺

寺

ようげんじ

大田区

御朱印

池上本門寺の近くにある日蓮宗の寺で、山号は長荘山です。 江戸時代の初め、松平隆政(たかまさ)の母・養源院殿の願いによって開かれました。池上七福神の一つとして恵比寿をまつっています。

曹禅寺

寺

そうぜんじ

大田区

御朱印

大田区池上(いけがみ)にある曹洞宗(そうとうしゅう)のお寺で、山号(さんごう)を大乗山(だいじょうざん)といいます。池上本門寺の門前町をめぐる「池上七福神」の一つで、布袋尊(ほていそん)を祀っています。

永福寺

寺

えいふくじ

新宿区

御朱印

新宿区新宿7丁目にある、曹洞宗(そうとうしゅう)のお寺です。山号(さんごう)は大久保山(おおくぼさん)、本尊(ほんぞん)は釈迦牟尼仏(しゃかむにぶつ)で、慶安(けいあん)元年(1648年)に開かれました。 新宿山ノ手七福神の福禄寿(ふくろくじゅ)をまつる札所(ふだしょ)です。屋根のない場所に安置された大日如来坐像(だいにちにょらいざぞう)と地蔵菩薩坐像(じぞうぼさつざぞう)は、新宿区の文化財に指定されています。

経王寺

寺

きょうおうじ

新宿区

御朱印

日蓮宗の寺院。慶長3年(1598)、尊重院日静(そんちょういんにちじょう)の創建。秘仏の大黒天像は、日蓮聖人の高弟・日法(にっぽう)上人の作と伝わり、幾度の大火でも焼け残ったことから「火伏の大黒天」と呼ばれる。新宿山ノ手七福神の大黒天として知られる。

法善寺

寺

ほうぜんじ

新宿区

御朱印

東京都新宿区にある日蓮宗の寺院。山号は春時山。本尊は三宝尊(さんぽうそん)で、新宿山ノ手七福神のうち寿老人(じゅろうじん、長寿の神)をまつる一寺としても知られる。

太宗寺

寺

たいそうじ

新宿区

内藤新宿(ないとうしんじゅく)の町なかにある浄土宗(じょうどしゅう)の寺院です。山号は霞関山、院号は本覚院で、江戸時代には内藤家の菩提寺(ぼだいじ)でした。境内の入口には、江戸の街道の出入口に置かれた「江戸六地蔵(えどろくじぞう)」の第三番、甲州街道の地蔵菩薩(じぞうぼさつ)がたたずみます。高さ約5.5メートルの閻魔(えんま)像など、区や都に指定された文化財が多く、新宿山ノ手七福神(しんじゅくやまのてしちふくじん)では布袋尊(ほていそん)をお祀りしています。新宿御苑前駅から歩いてすぐです。

善国寺

寺

ぜんこくじ

新宿区

通称「神楽坂毘沙門天」。日蓮宗の寺院。文禄4年(1595)、京都・本山妙顕寺の高僧・池上本門寺第12世日惺上人(にっせいしょうにん)の創建。新宿山ノ手七福神(=毘沙門天担当)の一寺。神楽坂の中心、赤城神社( 既)のすぐ近く。

福聚院

寺

ふくじゅいん

文京区

福聚院(ふくじゅいん)は、東京都文京区小石川にある浄土宗(じょうどしゅう)の寺です。小石川七福神の「大黒天(だいこくてん)」をまつる寺として知られ、本尊の木造大黒天坐像は、鎌倉時代の作と伝わる文京区指定の文化財です。門を入ったところにある「とうがらし地蔵」も、咳止めの御利益で親しまれています。

真珠院

寺

しんじゅいん

文京区

浄土宗の寺院。小石川七福神(=布袋尊担当)の一寺。伝通院の塔頭。「布袋尊像」は江戸期の優美な作。

善仁寺

寺

ぜんにんじ

文京区

真宗大谷派(しんしゅうおおたには)の寺院で、山号は石川山(いしかわさん)。安和2年(969)に、真言宗の福住院(ふくじゅういん)として創建された。13世紀に親鸞聖人(しんらんしょうにん)が立ち寄ったことをきっかけに、浄土真宗(じょうどしんしゅう)に改め、善仁寺と名を改めたと伝わる。親鸞聖人ゆかりの井戸が、境内に残っている。

源覚寺

寺

げんかくじ

文京区

御朱印

「こんにゃくえんま」の名で親しまれる浄土宗の寺院で、正式には常光山源覚寺(じょうこうざんげんかくじ)といいます。眼の病を治してくれると信じられてきた閻魔(えんま)大王の像をまつり、老婆が好物のこんにゃくを供えて願をかけた話から、この名がつきました。 寛永元年(1624)の開創で、小石川七福神では毘沙門天(びしゃもんてん)を担当します。

徳雲寺

寺

とくうんじ

文京区

文京区小日向(こひなた)にある臨済宗円覚寺派(りんざいしゅうえんがくじは)の寺です。小石川七福神の弁財天をお祀りしていて、その姿はとぐろを巻いた蛇の体に男性の顔をもつ、めずらしい石の像です。江戸時代の初め、寛永(かんえい)7年(1630年)に開かれました。

宗慶寺

寺

そうけいじ

文京区

浄土宗の寺院。小石川七福神(=寿老人担当)の一寺。室町期、開創。徳川家康の母・於大の方(=伝通院殿)の遺言により、現在地に再興された稀有な聖地。「於大の方ゆかり」=徳川家ゆかりの古刹。

深光寺

寺

じんこうじ

文京区

浄土宗(じょうどしゅう)の寺院で、山号は清水山(せいすいざん)、院号は正林院(しょうりんいん)。寛永16年(1639)の創建。江戸時代の戯作者(げさくしゃ)で『南総里見八犬伝(なんそうさとみはっけんでん)』の作者、滝沢馬琴(たきざわばきん)の墓があり、文京区の指定史跡になっている。小石川七福神(こいしかわしちふくじん)では恵比寿(えびす)をまつる。

法蓮寺

寺

ほうれんじ

品川区

東急大井町線の荏原町駅のすぐそばにある日蓮宗の寺で、山号は八幡山(はちまんざん)です。鎌倉時代の中ごろ、この地の豪族・荏原氏の館の跡に開かれたと伝わります。荏原七福神の恵比寿神をまつり、となりの旗岡八幡神社とは、かつて一体となって信仰されてきました。

養玉院如来寺

寺

ようぎょくいんにょらいじ

品川区

御朱印

帰命山(きみょうさん)養玉院如来寺は、江戸時代に芝高輪で開かれた如来寺に、上野にあった養玉院が合わさってできた天台宗の寺です。 「大井の大仏(おおぼとけ)」と呼ばれる、高さ約3mの五智如来(ごちにょらい)の像5体が並ぶことで知られています。東海七福神の布袋尊(ほていそん)の寺でもあります。

摩耶寺

寺

まやじ

品川区

御朱印

日蓮宗の寺院で、山号は仏母山(ぶつもざん)。荏原七福神(寿老人担当)の一寺。寛文年間(1661-1673)の創建と伝わるが、正確な年代には異説もある。寺名の「摩耶」は、釈迦の母・摩耶夫人(まやぶにん)に由来する。

東光寺

寺

とうこうじ

品川区

御朱印

品川区二葉にある天台宗の寺で、正式には久遠山不動院東光寺(くおんざんふどういんとうこうじ)といいます。荏原七福神(えばらしちふくじん)の毘沙門天(びしゃもんてん)をまつり、お正月には七福神めぐりの人々でにぎわいます。境内には、トイレの守り神・烏枢沙摩明王(うすさまみょうおう)をまつる「東司(とうす)」があることでも知られています。

金乗院

寺

こんじょういん

豊島区

御朱印

東京都豊島区高田、都電荒川線の学習院下停留場のそばにある真言宗豊山派のお寺です。正しくは神霊山慈眼寺金乗院(しんれいざん じげんじ こんじょういん)といい、本尊は聖観世音菩薩。境内の不動堂にまつられる「目白不動明王(めじろふどうみょうおう)」でよく知られ、江戸の町を守ったとされる「江戸五色不動」の一つに数えられます。この不動明王はもともと別のお寺の本尊で、戦災をきっかけにここへ移ってきました。

南谷寺

寺

なんこくじ

文京区

御朱印

天台宗の寺で、江戸五色不動のひとつ「目赤不動(めあかふどう)」として知られる。 元和2年(1616)に万行律師(まんぎょうりっし)が開いた。もとは「赤目不動」と呼ばれていたが、三代将軍・徳川家光が鷹狩りの途中に立ち寄り、「目黒・目白に対して目赤と呼べ」と命じたことから今の呼び名になったと伝わる。関東三十六不動霊場 第13番札所。

教学院

寺

きょうがくいん

世田谷区

御朱印

三軒茶屋(さんげんぢゃや)の駅からすぐの場所にある天台宗(てんだいしゅう)の寺。正式には竹園山(ちくえんざん)最勝寺(さいしょうじ)教学院という。本堂の本尊は阿弥陀如来(あみだにょらい)だが、この寺が広く知られているのは不動堂にまつられた「目青不動(めあおふどう)」のほうで、通称もそちらで呼ばれる。江戸の町を守るために五か所に置かれたと伝わる「江戸五色不動(えどごしきふどう)」のひとつ。関東三十六不動霊場(れいじょう)の第16番札所(ふだしょ)でもある。境内には小田原城主だった大久保(おおくぼ)家歴代の墓がある。

永久寺

寺

えいきゅうじ

台東区

御朱印

天台宗(てんだいしゅう)の寺。江戸五色不動のひとつ「目黄不動(めきふどう)」として知られる。正式には養光山(ようこうざん)金錍院(こんぺいいん)永久寺という。南北朝時代の開山と伝わり、真言宗から禅宗、日蓮宗へと宗旨を変えたのち、江戸時代に天台宗となった。「永久寺」という寺号は、刑死者の供養のために寺を建て直した山野永久の名に由来すると伝えられる。

飛不動尊

寺

とびふどうそん

台東区

御朱印

東京都台東区の竜泉(りゅうせん)にある天台宗系の寺。正式には龍光山三高寺正寶院(りゅうこうざん さんこうじ しょうぼういん)といい、ふつうは「飛不動(とびふどう)」と呼ばれる。享禄3年(1530)の創建。名前の由来は、住職が本尊の不動明王像を持って大和国(今の奈良県)の大峰山(おおみねさん)へ修行に行ったところ、像が一夜のうちにこの寺へ飛んで帰ってきたという言い伝えによる。江戸時代にはすでに「飛不動」の通称で知られ、旅の安全を守る仏、災いを飛ばしてくれる仏として信仰を集めた。そして昭和以降、この「飛ぶ」という由来から航空安全の守り神として知られるようになり、今では飛行機に関わる人たちが多く訪れる。関東三十六不動霊場の第24番、下谷(したや)七福神の恵比寿神も祀る。慶安3年(1650)の木造阿弥陀如来坐像は台東区の有形文化財。

等々力満願寺

寺

とどろきまんがんじ

世田谷区

正式名「致航山感應院満願寺」。真言宗智山派の寺院。関東三十六不動霊場・第17番札所。社伝によれば、平安期、興教大師覚鑁(こうぎょうだいしかくばん、=新義真言宗の祖、 関連)の創建。「等々力不動尊(とどろきふどうそん)」=本尊の不動明王、東京都内屈指の不動尊として、現代も篤い信仰を集める。「等々力渓谷」=都内唯一の渓谷の入口に鎮座する稀有な立地。

円長寺

寺

えんちょうじ

大田区

東京都大田区南雪谷の住宅街にある、日蓮宗のお寺です。山号は照光山(しょうこうざん)。江戸時代のはじめ、元和二年(1616)の創建と伝わります。江戸幕府の宗教弾圧に巻き込まれて本寺が入れ替わったという、日蓮宗の歴史を映す由緒をもっています。

三寳寺

寺

さんぽうじ

練馬区

御朱印

真言宗智山派(しんごんしゅうちさんは)の寺。応永元年(1394)の開創で、文明9年(1477)に太田道灌(おおたどうかん)が石神井城を落としたあと、城跡のとなりにあたる現在地へ移された。江戸時代には徳川将軍が鷹狩りの際に立ち寄り、そのとき通った門は今も「御成門(おなりもん)」として残る。本尊は不動明王で「石神井不動尊」と呼ばれ、関東三十六不動霊場 第11番のほか、四つの霊場の札所を兼ねる。

高野山東京別院

寺

こうやさんとうきょうべついん

港区

御朱印

高野山東京別院は、和歌山県にある高野山真言宗の総本山・金剛峯寺(こんごうぶじ)の別院で、「高輪結び大師(たかなわむすびだいし)」としても知られています。江戸時代のはじめごろ、高野山の僧が江戸に滞在する在番所(ざいばんしょ)として開かれました。御府内八十八ヶ所霊場の第1番札所で、毎月21日にはお大師さま(弘法大師)の日の法要「御影供(ごえいく)」が営まれます。

多聞院

寺

たもんいん

新宿区

真言宗豊山派の寺院。御府内八十八カ所霊場・第3番札所。寛永8年(1631)創建。本尊は毘沙門天で「多聞」=毘沙門天の異名に由来する寺名。神楽坂のすぐ近く。

真成院

寺

しんじょういん

新宿区

御朱印

新宿区若葉にある、高野山真言宗(こうやさんしんごんしゅう)のお寺です。山号(さんごう)は金鶏山(きんけいざん)、本尊(ほんぞん)は大日如来(だいにちにょらい)で、慶長(けいちょう)3年(1598年)に清心法印(せいしんほういん)が開きました。 三階の観音堂(かんのんどう)にまつられる十一面観音(じゅういちめんかんのん)は、「潮干観音(しおひかんのん)」の名で知られています。江戸三十三観音の第18番、御府内八十八ヶ所の第39番などの札所(ふだしょ)です。

宝仙寺

寺

ほうせんじ

中野区

御朱印

真言宗豊山派の寺院で、山号は明王山、院号は聖無動院。御府内八十八ヶ所霊場第12番、関東三十六不動霊場第15番の札所で、「中野不動」の通称で親しまれる。社伝によれば、寛治年間(1087-1094)、源義家が後三年の役からの帰途、陣中で護持していた不動明王像を安置したのが起源とされる。境内には、飛鳥様式で再建された優美な三重塔が立つ。

龍光寺

寺

りゅうこうじ

文京区

御朱印

文京区本駒込にある臨済宗東福寺派(りんざいしゅうとうふくじは)の寺院で、山号は天澤山(てんたくさん)です。江戸時代初めの寛永(かんえい)9年(1632)に開かれ、のちに今の場所へ移りました。境内には、江戸時代の儒学者や、唱歌「早春賦(そうしゅんふ)」を作詞した吉丸一昌(よしまるかずまさ)の墓があります。

鏡照院

寺

きょうしょういん

港区

御朱印

西新橋にある真言宗の寺で、山号は身代山(みがわりさん)です。本尊は身代不動明王(みがわりふどうみょうおう)で、江戸の弘法大師の霊場めぐり「御府内八十八ヶ所」の第20番札所になっています。

来福寺

寺

らいふくじ

品川区

御朱印

東京都品川区東大井にある真言宗智山派の寺院。山号は海賞山(かいしょうさん)。社伝では正暦元年(990年)、智弁阿闍梨(ちべんあじゃり)の創建と伝わる。本尊は延命地蔵菩薩で、「経読地蔵(きょうよみじぞう)」とも呼ばれる。御府内八十八ヶ所霊場の第26番札所であり、「しながわ百景」にも選ばれている古刹である。

霊雲寺

寺

れいうんじ

文京区

真言宗霊雲寺派の本山。御府内八十八カ所霊場・第29番札所。元禄4年(1691)、徳川5代将軍・徳川綱吉(とくがわつなよし)の発願により創建された稀有な聖地。湯島聖天( 既)のすぐ近く。

放生寺

寺

ほうじょうじ

新宿区

御朱印

放生寺(ほうじょうじ)は、東京都新宿区西早稲田にある高野山真言宗(こうやさんしんごんしゅう)の準別格本山(じゅんべっかくほんざん)の寺です。山号は光松山(こうしょうざん)、本尊は聖観世音菩薩(しょうかんぜおんぼさつ)です。寛永18年(1641)に、隣の穴八幡宮(あなはちまんぐう)の別当寺(べっとうじ)として開かれました。冬至から節分まで授与される金銀融通のお札「一陽来福(いちようらいふく)」を始めた寺として知られ、御府内八十八ヶ所霊場の第30番札所です。

愛染院

寺

あいぜんいん

新宿区

御朱印

愛染院(あいぜんいん)は、新宿区若葉にある真言宗豊山派(しんごんしゅうぶざんは)のお寺です。山号は獨鈷山(どっこざん)、寺号は光明寺(こうみょうじ)。本尊は大日如来(だいにちにょらい)で、御府内八十八ヶ所霊場(ごふないはちじゅうはちかしょれいじょう)の第18番札所です。墓所には、内藤新宿(ないとうしんじゅく)の開設を願い出た高松喜六(たかまつきろく)と、『群書類従(ぐんしょるいじゅう)』を編んだ国学者の塙保己一(はなわほきいち)の墓があり、どちらも新宿区の指定史跡になっています。

高福院

寺

こうふくいん

品川区

JR目黒駅のそばにある高野山真言宗(こうやさんしんごんしゅう)の寺です。正式には永峯山(えいほうざん)高福院瑠璃光寺(るりこうじ)といい、ご本尊は阿弥陀如来(あみだにょらい)です。慶安(けいあん)元年(1648年)に開かれ、弘法大師ゆかりの御府内八十八ヶ所霊場の第4番札所として巡礼者が訪れます。

港区不動院

寺

みなとくふどういん

港区

正式名「明王山不動院」。真言宗豊山派の寺院。御府内八十八カ所霊場・第6番札所。同名「不動院」が浅草橋場・品川荏原に既登録のため、識別のため「港区不動院」として登録。本尊は不動明王。

室泉寺

寺

しつせんじ

渋谷区

御朱印

高野山真言宗の寺院。御府内八十八ヶ所霊場・第7番札所。もとは港区芝金杉にあった浄土真宗の寺の跡地で、元禄13年(1700)に真言宗へ改宗・現在の渋谷区東へ移転した。正式名称は源秀山永松院室泉寺。創建年代は不詳。

龍巖寺

寺

りゅうがんじ

渋谷区

御朱印

臨済宗南禅寺派の寺院。御府内八十八ヶ所霊場・第9番札所。明治神宮(既)・東郷神社(既)のすぐ近く、原宿の都心に隠れた古刹。

聖輪寺

寺

しょうりんじ

渋谷区

御朱印

正式には観谷山福聚院聖輪寺(かんこくざんふくじゅいんしょうりんじ)という、真言宗豊山派(ぶざんは)のお寺です。奈良時代に行基(ぎょうき)が開いたと伝わり、本尊の如意輪観音(にょいりんかんのん)は昔から「千駄谷観音」と呼ばれてきました。御府内八十八ヶ所霊場の第10番、東京三十三観音霊場の第13番の札所です。

荘厳寺

寺

しょうごんじ

渋谷区

御朱印

光明山真言院(こうみょうざんしんごんいん)と号する真言宗室生寺派(しんごんしゅうむろうじは)の寺院で、「幡ヶ谷不動尊(はたがやふどうそん)」の名で親しまれています。本尊は薬師如来、不動堂には不動明王立像をまつり、大師堂は御府内八十八ヶ所霊場の第11番札所です。 江戸時代には幡ヶ谷村の鎮守・氷川神社(ひかわじんじゃ)の別当寺(神社を管理するお寺)で、『江戸名所図会』にも紹介されました。門前には、かつての参道だった不動通りの商店街が続きます。

福蔵院

寺

ふくぞういん

中野区

御朱印

真言宗豊山派の寺院。御府内八十八ヶ所霊場・第十四番札所。正式には「白鷺山福蔵院正幡寺」と号し、大永元年(1521)に示寂した僧・頼珍(らいちん)が開いたと伝わる。この寺の山号「白鷺山」は、昭和40年(1965)の住居表示の際にそのまま町名「白鷺」として採用され、地名の由来となった。

練馬長命寺

寺

ねりまちょうめいじ

練馬区

御朱印

通称「東高野山」。真言宗豊山派の寺院で、御府内八十八ヶ所霊場・豊島八十八ヶ所霊場の第17番、武蔵野三十三観音霊場の第1番札所を兼ねる。慶長18年(1613)に開かれ、寛永17年(1640)に本尊・十一面観音が造立された。境内には紀州高野山の奥之院を模した石仏・石塔群があり、「東高野山」の名の由来となっている。

青蓮寺

寺

せいれんじ

板橋区

御朱印

板橋区成増にある真言宗智山派の寺で、山号は瑠璃光山(るりこうさん)、本尊は薬師如来です。 御府内八十八ヶ所霊場の第19番札所で、豊島八十八ヶ所や荒川辺八十八ヶ所の札所でもあります。

南蔵院

寺

なんぞういん

豊島区

御朱印

豊島区高田、神田川に近い面影橋(おもかげばし)のそばにある真言宗豊山派(しんごんしゅうぶざんは)のお寺です。正式には大鏡山(だいきょうざん)薬師寺(やくしじ)南蔵院といい、薬師如来(やくしにょらい)を本尊としています。室町時代に開かれたと伝わり、御府内八十八ヶ所の第29番、豊島八十八ヶ所の第41番の札所です。

真福寺

寺

しんぷくじ

港区

御朱印

真福寺(しんぷくじ)は、東京都港区愛宕(あたご)にある真言宗智山派(しんごんしゅうちさんは)の寺院で、総本山智積院(ちしゃくいん)の東京別院にあたる。本尊は薬師如来(やくしにょらい)で、「愛宕薬師」の名でも親しまれている。江戸城にほど近い立地から、幕末には日本を訪れた外国使節の宿舎としても使われた、知る人ぞ知る歴史を持つ寺院である。

薬研堀不動院

寺

やげんぼりふどういん

中央区

御朱印

真言宗智山派(しんごんしゅうちさんは)の寺院で、正式名称は「大本山川崎大師平間寺東京別院薬研堀不動院」。根来寺(ねごろじ)が焼き討ちにあった際、僧が不動明王像を守って東国へ逃れ、この地に祀ったのが始まりと伝わる。目黒不動・目白不動と並ぶ「江戸三大不動」の一つに数えられる。

長遠寺

寺

ちょうおんじ

大田区

御朱印

真言宗智山派の寺院で、通称は「馬込不動」。寺伝では天仁元年(1108)の草創と伝わる古刹。御府内八十八ヶ所霊場の第8番札所、玉川八十八ヶ所霊場の第72番札所。大田区南馬込の住宅地にあり、大田区指定文化財の十一面観音菩薩立像(鎌作観音)を伝える。

新宿南蔵院

寺

しんじゅくなんぞういん

新宿区

真言宗豊山派の寺院。御府内八十八カ所霊場・第15番札所。神楽坂のすぐ近く、新宿区箪笥町に鎮座する江戸期の古刹。同名「南蔵院」と区別のため「新宿南蔵院」として登録。

蓮花寺

寺

れんげじ

中野区

真言宗豊山派の寺院。御府内八十八カ所霊場・第21番札所。中野区江古田の住宅地に鎮座する江戸期の古刹。

長楽寺

寺

ちょうらくじ

日野市

御朱印

日野市の程久保(ほどくぼ)にある真言宗豊山派(しんごんしゅうぶざんは)の寺で、山号は六所山(ろくしょさん)です。本尊は不動明王(ふどうみょうおう)です。江戸の弘法大師の霊場めぐり「御府内八十八ヶ所」の第25番札所で、もとは今の新宿区にあり、戦後この地に移りました。

圓満寺

寺

えんまんじ

文京区

東京・湯島にある真言宗御室派(おむろは)のお寺です。江戸時代の中ごろの宝永7年(1710年)、木食義高(もくじき ぎこう)が開きました。御府内八十八ヶ所霊場の第32番札所です。

根生院

寺

こんしょういん

豊島区

御朱印

真言宗豊山派の寺院。御府内八十八ヶ所霊場・第35番札所。寛永13年(1636)、三代将軍徳川家光の乳母・春日局(かすがのつぼね)が、その猶子(ゆうし)とされる栄誉(えいよ)を招いて創建した。江戸城西の丸祈願所として寺領を賜り、幕府の信任を受けた寺院だった。金乗院(こんじょういん、目白不動)のすぐ近く、雑司ヶ谷の住宅地に鎮座する。

萬徳院

寺

まんとくいん

江東区

御朱印

江東区永代にある高野山真言宗の寺で、山号は瑠璃光山(るりこうさん)、本尊は薬師如来です。御府内八十八ヶ所霊場(ごふないはちじゅうはちかしょれいじょう)の第37番札所になっています。 力士や親方、行司の墓が多いことから、江戸時代から「相撲寺」と呼ばれて親しまれてきました。

普門院

寺

ふもんいん

江東区

御朱印

真言宗智山派の寺院。正式名は「福聚山善應寺普門院」といい、大永2年(1522年)の創建。亀戸天神社のほど近くに位置し、御府内八十八カ所第40番札所(本尊・大日如来)と亀戸七福神第5番(毘沙門天)の二つの霊場を兼ねる。歌人・伊藤左千夫の墓があることでも知られる。

密蔵院

寺

みつぞういん

中野区

御朱印

中野区沼袋にある真言宗御室派(おむろは)の寺で、正式には十善山(じゅうぜんざん)蓮華寺(れんげじ)密蔵院といいます。小田原で始まり、江戸の矢の倉、浅草を経て沼袋へ移ってきた歴史をもちます。本尊は大日如来で、御府内八十八ヶ所霊場の第41番札所です。

観蔵院

寺

かんぞういん

台東区

御朱印

観蔵院(かんぞういん)は、東京都台東区元浅草にある真言宗智山派(しんごんしゅう ちさんは)の寺です。山号は広幡山(ひろはたさん)です。江戸時代の初めに開かれた寺で、御府内八十八ヶ所霊場の第45番札所と、荒川辺八十八ヶ所霊場の第83番札所になっています。

多宝院

寺

たほういん

台東区

御朱印

寺の多い谷中にある真言宗豊山派(しんごんしゅうぶざんは)の寺で、正式には宝塔山龍門寺多宝院(ほうとうざんりゅうもんじたほういん)といいます。本尊は多宝如来(たほうにょらい)で、この仏だけを本尊とする寺は珍しいとされています。江戸の弘法大師の霊場めぐり「御府内八十八ヶ所」の第49番札所で、その案内書の版木を今に伝えています。

大徳院

寺

だいとくいん

墨田区

御朱印

高野山真言宗の寺院。御府内八十八ヶ所霊場の第50番札所で、両国の回向院のすぐ南側に隣接する。本尊の薬師如来は「本所一ツ目の寅薬師」と呼ばれ、眼病平癒の仏として親しまれてきた。

自性院

寺

じしょういん

新宿区

御朱印

真言宗豊山派、西光山(さいこうざん)自性院。「猫寺」とも呼ばれ、境内の猫地蔵(ねこじぞう)で知られる。文明9年(1477)、太田道灌(おおたどうかん)が道に迷った際、一匹の黒猫に自性院へ導かれて危難を救われたという伝承にちなみ、道灌が地蔵像を奉納したと伝わる。豊島八十八ヶ所霊場第24番札所。

与楽寺

寺

よらくじ

北区

御朱印

宝珠山地蔵院(ほうじゅさんじぞういん)与楽寺(よらくじ)は、JR田端駅の近くにある真言宗豊山派(ぶざんは)の寺です。本尊の地蔵菩薩(じぞうぼさつ)は「賊除(ぞくよけ)地蔵」とよばれ、泥棒を追い払ったという言い伝えがあります。御府内八十八ヶ所霊場の第56番札所で、江戸六阿弥陀(えどろくあみだ)の第4番札所でもあります。大正から昭和にかけて芥川龍之介(あくたがわりゅうのすけ)らが暮らした「田端文士村」の町にあります。

吉祥院

寺

きちじょういん

台東区

御朱印

吉祥院(きちじょういん)は、東京都台東区元浅草にある真言宗智山派の寺院です。山号は摩尼山(まにさん)、本尊は阿弥陀如来です。 江戸時代の初めに現在の場所へ移ったと伝えられ、創建の年代ははっきりしていません。 弘法大師ゆかりの御府内八十八ヶ所霊場の、第60番札所として知られています。

正福院

寺

しょうふくいん

台東区

御朱印

真言宗智山派(しんごんしゅうちさんは)の寺院。慶長16年(1611)の創建で、正保元年(1645)に現在の元浅草へ移った。本尊は金剛界大日如来(こんごうかいだいにちにょらい)。江戸の町にいながら四国遍路のご利益を受けられるとされる、御府内八十八ヶ所霊場(ごふないはちじゅうはちかしょれいじょう)の第61番札所になっている。

威光院

寺

いこういん

台東区

御朱印

威光院(いこういん)は、東京都台東区寿にある真言宗智山派(しんごんしゅう ちさんは)の寺です。山号は鶴亭山(かくていざん)で、本尊は大日如来(だいにちにょらい)です。江戸時代から続く、弘法大師ゆかりの御府内八十八ヶ所霊場の第62番札所として知られています。

蓮乗院

寺

れんじょういん

新宿区

御朱印

蓮乗院(れんじょういん)は、東京都新宿区若葉にある、真言宗豊山派(しんごんしゅうぶざんは)の寺院です。 山号は放光山、寺号は千眼寺といいます。 東京の街なかに点在する、弘法大師(こうぼうだいし)ゆかりの霊場めぐり「御府内八十八ヶ所」の、第83番札所です。 江戸時代のはじめに、麹町から四谷の寺町へ移ったと伝わります。

永代寺

寺

えいたいじ

江東区

御朱印

門前仲町駅のすぐそばにある高野山真言宗(こうやさんしんごんしゅう)の寺。江戸時代には富岡八幡宮の別当寺(べっとうじ、神社を管理した寺)として広い境内を持ち、「門前仲町」という地名もこの寺の門前町に由来します。明治の神仏分離で一度は廃寺となり、明治29年(1896年)に塔頭(たっちゅう)の吉祥院(きちじょういん)が名前を継いで再興したのが今の永代寺です。御府内八十八ヶ所霊場第68番札所。

梅照院

寺

ばいしょういん

中野区

御朱印

通称「新井薬師(あらいやくし)」。真言宗豊山派の寺院。御府内八十八ヶ所霊場・第71番札所。天正14年(1586)、行春(ぎょうしゅん)和尚の創建と伝わる。本尊は薬師如来と如意輪観音の二仏一体の秘仏。徳川2代将軍・秀忠の娘で後水尾天皇の中宮となった和子(東福門院)の眼病が、本尊への祈願で治ったとされることから「治眼(ちがん)薬師」「目の薬師」として知られる。

法乗院

寺

ほうじょういん

江東区

御朱印

法乗院(ほうじょういん)は、江東区深川にある真言宗豊山派(しんごんしゅうぶざんは)のお寺で、「深川ゑんま堂(ふかがわえんまどう)」の名で親しまれています。山号は賢臺山、本尊は大日如来(だいにちにょらい)です。閻魔堂(えんまどう)には、高さ約3.5メートルの閻魔大王座像(えんまだいおうざぞう)が安置されていて、日本最大級とも紹介されます。御府内八十八ヶ所霊場(ごふないはちじゅうはちかしょれいじょう)の第74番札所でもあります。

威徳寺

寺

いとくじ

港区

御朱印

「赤坂不動尊(あかさかふどうそん)」と呼ばれて親しまれている、真言宗智山派の寺です。山号は智劔山(ちけんざん)、本尊は不動明王です。 寺によれば、徳川家康が江戸に入るより前から赤坂にある、この土地でいちばん古い寺です。江戸時代には紀州徳川家の祈願寺として栄えました。御府内八十八ヶ所霊場の第75番札所でもあります。

金剛院

寺

こんごういん

豊島区

御朱印

正式には「蓮華山(れんげさん)仏性寺(ぶっしょうじ)金剛院」。真言宗豊山派(しんごんしゅうぶざんは)の寺院で、朱塗りの山門から「赤門寺」の名で親しまれている。 御府内八十八ヶ所霊場の第76番札所。西武池袋線「椎名町」駅の北口からすぐの場所にある。

専教院

寺

せんきょういん

文京区

御朱印

専教院(せんきょういん)は、東京都文京区小日向の住宅地にある、真言宗豊山派(しんごんしゅう ぶざんは)のお寺です。正式には、清水山灌頂寺(かんじょうじ)専教院といいます。 江戸の街なかに四国八十八ヶ所を写して作られた、御府内(ごふない)八十八ヶ所霊場の第79番札所として知られ、御朱印もいただけます。

長延寺

寺

ちょうえんじ

港区

御朱印

港区三田にある真言宗豊山派(しんごんしゅうぶざんは)のお寺で、山号(さんごう)を太元山(たいげんざん)といいます。本尊は地蔵菩薩(じぞうぼさつ)です。江戸時代のはじめにこの地へ移ってきた寺で、弘法大師ゆかりの霊場をめぐる御府内八十八ヶ所の第80番札所になっています。

明王院

寺

みょうおういん

港区

御朱印

港区三田にある真言宗豊山派(しんごんしゅうぶざんは)のお寺で、正式には五大山(ごだいさん)不動寺(ふどうじ)明王院といいます。厄除大師(やくよけだいし)を本尊としています。江戸時代のはじめに八丁堀から今の地へ移ってきた寺で、弘法大師ゆかりの霊場をめぐる御府内八十八ヶ所の第84番札所です。

常泉院

寺

じょうせんいん

文京区

御朱印

金剛山常泉院(こんごうさんじょうせんいん)は、真言宗豊山派(ぶざんは)のお寺です。本尊は大日如来(だいにちにょらい)で、弘法大師ゆかりの御府内八十八ヶ所霊場の第86番札所になっています。江戸時代のはじめに開かれたと伝わります。

海雲寺

寺

かいうんじ

品川区

曹洞宗の寺院。東国花の寺百ヶ寺・東京(=しだれ桜の名所)。慶長元年(1596)創建。品川宿(=江戸四宿の一つ)の南、住宅地に鎮座する江戸期の古刹。本尊「千躰荒神(せんたいこうじん)」=台所の神として、現代も飲食店関係者の篤い信仰を集める稀有な聖地。

大悲願寺

寺

だいひがんじ

あきる野市

あきる野市横沢にある真言宗豊山派(しんごんしゅうぶざんは)のお寺です。寺の伝えでは、建久(けんきゅう)2年(1191年)に源頼朝(みなもとのよりとも)の命を受けた武将・平山季重(ひらやますえしげ)が建てたとされます。観音堂の仏像は国の重要文化財で、秋には境内の白萩(しらはぎ)が咲きそろいます。伊達政宗(だてまさむね)が白萩の株分けを頼んだ手紙も残されています。

玉泉寺

寺

ぎょくせんじ

青梅市

御朱印

金剛山(こんごうさん)と号する臨済宗建長寺派(りんざいしゅうけんちょうじは)の寺で、鎌倉時代の終わり、文保年間に開かれました。本尊は十一面観世音菩薩(じゅういちめんかんぜおんぼさつ)。境内に湧く泉をたたえた弁天池は寺の名前の由来とされ、池の小島にまつられた弁財天は青梅七福神のひとつです。青梅でいちばん古い青石塔婆(あおいしとうば)も伝わっています。

林泉寺

寺

りんせんじ

文京区

御朱印

林泉寺(りんせんじ)は、東京都文京区小日向(こひなた)にある曹洞宗(そうとうしゅう)の寺院で、山号は青龍山(せいりゅうざん)です。 慶長7年(1602)に創設されたと、寺は伝えています。 願いをかけるときに石の地蔵を縄で縛る「しばられ地蔵」で知られています。 本尊は釈迦如来(しゃかにょらい)です。

高源院

寺

こうげんいん

世田谷区

東京都世田谷区北烏山にある臨済宗大徳寺派(りんざいしゅうだいとくじは)の寺院。山号は瑞泉山(ずいせんざん)。 関東大震災後に多くの寺院が移転してきた「烏山寺町」の一角にあり、境内の弁天池(通称「烏山の鴨池」)では、夏にスイレンの花が水面を彩る。

道場寺

寺

どうじょうじ

練馬区

御朱印

武蔵野三十三観音霊場の第2番札所。曹洞宗の寺院で、山号は豊嶋山(とよしまさん)。文中元年(1372)、武蔵豊島氏(むさしとしまし)ゆかりの豊島輝時によって開かれ、豊島氏代々の菩提寺となりました。当初は臨済宗でしたが、江戸時代初期に曹洞宗へ改まりました。本尊は釈迦牟尼仏(しゃかむにぶつ)で、薬師如来・聖観音を脇侍とします。奈良の唐招提寺金堂を模した本堂と、スリランカ由来の仏舎利を納める三重塔が見どころです。

如意輪寺

寺

にょいりんじ

西東京市

御朱印

真言宗智山派(しんごんしゅうちさんは)の寺院で、山号は光明山福生院(こうみょうざんふくしょういん)。武蔵野三十三観音霊場(むさしのさんじゅうさんかんのんれいじょう)第4番、多摩八十八ヶ所霊場(たまはちじゅうはちかしょれいじょう)第35番の札所。地元では「保谷(ほうや)の観音様」として親しまれ、近隣の寶晃院(ほうこういん)・寶樹院(ほうじゅいん)などとともに「保谷四軒寺(ほうやよんけんでら)」の一つに数えられる。

徳蔵寺

寺

とくぞうじ

東村山市

御朱印

臨済宗大徳寺派の寺院で、山号は福寿山(ふくじゅさん)。武蔵野三十三観音霊場の第7番札所で、本尊は白衣観世音菩薩(びゃくえかんぜおんぼさつ)。境内の板碑保存館には、国指定重要文化財「元弘の板碑」をはじめ、中世の板碑(石製の供養塔)約170基を所蔵する。

圓乗院

寺

えんじょういん

東大和市

御朱印

愛宕山(あたごさん)と号する真言宗智山派(しんごんしゅうちさんは)の寺で、武蔵野三十三観音霊場の第8番札所です。東大和市狭山、狭山丘陵の南のふもとにあり、本尊は不動明王(ふどうみょうおう)。江戸時代中期の鐘楼門(しょうろうもん)が今も山門として残っています。

東海寺

東海寺

寺

とうかいじ

品川区

品川宿の北、旧東海道を見下ろす台地に建つ臨済宗大徳寺派の寺院。寛永16年(1639)、3代将軍・徳川家光が沢庵宗彭を開山として建立した徳川将軍家の祈祷所。紫衣事件で流罪となっていた沢庵を家光が江戸に招き、その学徳に深く帰依して創建したという由緒を持つ稀有な禅刹。かつては塔頭17院を擁する大伽藍を誇り、多くの大名家の菩提所ともなった。現代では冲方丁『光圀伝』で徳川光圀が沢庵を訪ねる場面の舞台として登場し、再び注目を集めている。

総持寺

寺

そうじじ

西東京市

御朱印

東京都西東京市田無町にある真言宗智山派の寺院。関東三十六不動霊場の第十番、多摩八十八ヶ所霊場の第三十三番の札所で、新東京百景にも選ばれている。「田無不動尊」の通称で呼ばれることもある。なお、山号「田無山」の読みは「たなしさん」「たなしやま」の両方の表記がみられ確定していない。

三宝寺

寺

さんぼうじ

練馬区

御朱印

東京都練馬区石神井台にある真言宗智山派の寺院。関東三十六不動霊場の第十一番、御府内・豊島八十八ヶ所霊場の第十六番、武蔵野三十三観音霊場の第三番の札所。

円満寺

寺

えんまんじ

台東区

御朱印

東京都台東区寿にある真言宗智山派の寺院。関東三十六不動霊場の第二十二番、御府内八十八ヶ所霊場の第七十二番の札所で、「浅草寿不動尊」とも呼ばれる。

橋場寺不動院

寺

はしばじふどういん

台東区

御朱印

東京都台東区橋場にある天台宗の寺院で、「橋場不動尊」として親しまれている。関東三十六不動霊場の第二十三番、浅草名所七福神の布袋尊の札所でもある。度重なる大火や関東大震災、戦災を免れたことから「火伏せの不動」としても知られる。

永昌院

寺

えいしょういん

足立区

御朱印

東京都足立区皿沼にある天台宗系単立の寺院。関東三十六不動霊場の第二十五番札所で、「皿沼不動」とも呼ばれる。日本最大級とされる欅(けやき)の一木彫りの不動明王像を本尊とする。なお、山梨県にも「永昌院」という別の無関係な寺院がある。

最勝寺

寺

さいしょうじ

江戸川区

御朱印

東京都江戸川区平井にある天台宗の寺院。江戸幕府が江戸の守りのために置いたとされる「江戸五色不動」の一つ、目黄不動(めきふどう)として知られる。関東三十六不動霊場第十九番札所。なお、台東区三ノ輪にも同じ「目黄不動」を名乗る永久寺という別の寺院があり、旅識りには永久寺(ID:1576)がすでに登録されているが、両寺は別の寺院である。

全龍寺

寺

ぜんりゅうじ

清瀬市

御朱印

東京都清瀬市中清戸にある曹洞宗の寺院で、山号は安松山。慶長元年(1596年)、玉室應珍を開山、地元の並木主水安松を開基として開かれました。本尊は釈迦如来。武蔵野三十三観音霊場第6番の札所で、境内には札所本尊の一葉観音がまつられています。